第19話 近衛騎士団の介入
その後、カイルはブレイズとアイスノーの2人とともに王城の中を歩いていた。
どうしてこうなったかというと――
結局、アイスノーの強硬な訴えにより、第一騎士団の試験は中止となった。その代わりの折衷案として、お目付役としてブレイスが同行することになったのだ。
そんなブレイズを、アイスノーがじろりとにらむ。
「暇なのかね、ブレイズ?」
「ああ!? 暇じゃねえよ! 泥棒猫がうちのホープを奪おうとしているんだから、監視が必要だろうが!」
「またぶり返すのかね? 横取りしたのはお前たちだろ?」
「何度でも言い返してやるさ! 俺たちが先だっつーの!」
前を行く2人が、ずっとこんな感じで言い合いをしているので、カイルの気分は落ち着かない。
カイルだけではない。
2人から漂うただならぬ気配のせいで、通路を行き交う人々が困惑した様子で通り過ぎていく。
少しでも空気を和らげようと、カイルは慌てて口を挟んだ。
「あの! 仲がいいんですね!?」
「あん?」
「はあ?」
「ごめんなさい!」
二人同時に
「別に仲はよくはねえよ! ただ腐れ縁なだけだ!」
「王都にある家も隣同士、同じ年齢、同じ騎士学校に通って首位争いをしていたからな」
「こいつの顔は見飽きているんだよ!」
「お互い様だな」
そんな二人の関係を、カイルはずばりといい表した。
「仲のいい幼馴染なんですね」
「「そんな優しい関係じゃない!」
息のあった様子で否定すると、2人はバチバチと視線で火花を散らしあった。
「どうせ腐れ縁になるのなら、こんなガサツな男より、まともな男がよかった!」
「なんだとてめえ! 俺ももっと可愛げのある女がよかったよ!」
また、売り言葉に買い言葉で二人の空気に剣呑さが増す。
通りすがりの人たちは困惑どころか天災を避けるかのような様子で足早に通り過ぎていった。
カイルは学んだ。
(この2人は、喧嘩するほど仲がいいんだろうな)
そう思ったが、口にするのはやめた。もし、そうしたら絶対にケンカが悪化するからだ。
罵り合いを続けていた2人だが、とある扉の前まで来ると、アイスノーはわざとらしく咳払いして、カイルとブレイズに鋭い視線を走らせた。
「……ここからは、近衛騎士団の部屋だ。さっきまでのふざけた言い合いはやめるように」
「ははは、近衛騎士団はお上品なことで」
皮肉を飛ばすブレイズをトゲだらけの視線で牽制した後、アイスノーはドアを開けて部屋に入った。
近衛騎士たちに挨拶をしながらアイスノーとブレイズは部屋を横切り、奥にある部屋のドアを開けた。
そこは執務室で、20後半くらいの女性が執務机の向こう側に座っていた。
顔立ちも表情も柔らかい印象の女性だ。にこやかな笑みを浮かべて口を開く。
「お帰りなさい、アイスノーさん」
「ただいま戻りました」
アイスノーとともにカイル、ブレイズも女性の前に立つ。
女性がカイルに視線を向けた。
「私は近衛騎士団長のクリス・アパーネットです。カイルさん、あなたのことはよく存じております。来てくれてありがとう」
母性すら感じさせる、妙に温かみのある喋り方でカイルは少しばかり和んでしまった。
「カイル・ザリンクスです」
「元気があって頼もしいわ」
それからクリスは視線をブレイズに向けた。
「こっちには、もっと元気な子がいるわね?」
「用事がありましてね。うちの団長から
ブレイズは背を伸ばしてから続ける。
「カイル・ザリングスは第一騎士団も手をつけている。そちらの一存で所属を決めるようなことは断じて許すつもりはない――とのことです」
「あらあら、マーシャルさん、お怒りみたいねえ」
言葉のわりには真剣味のない様子でクリスがクスクスと笑う。
「その辺はおいおい話しましょう。こちらも、まずは入団試験を受けてもらわないとね」
「剣の腕ですか?」
カイルは昂るものを感じながら尋ねた。
今、カイルは己の腕前に自信を持っている。そして、それを試すことがたまらなく嬉しかった。
アイスノーやクリスは、どれほどの強者なのだろう?
しかし、クリスは笑みを浮かべたまま、首を振った。
「それはもういいわ。だって、第一騎士団のほうでテストしてくれたんでしょ、ブレイズさん?」
「ええまあ……なかなか優秀でしたよ」
「なかなか優秀だと?」
からかいの笑みを浮かべて、アイスノーが割り込んだ。
「お前を軽く倒した相手が、なかなか優秀止まりか……ふふふ、負けたことには触れないのか?」
「ちょ、お前!? 見てたのかよ!?」
「バッチリ見せてもらったぞ。隠しておきたかったのかな、はっはっはっは」
「い、いや、そういうわけじゃなくて! 俺は俺なりにカイルの強さを消化して、評価してからだな――」
ブレイズの苦しい言い訳を断ち切るかのように、ばん、とクリスが笑顔を浮かべた表情を変えないまま、執務机を叩く。
直後、アイスノーとブレイズの顔が真っ青になり、慌てて口をつぐんだ。
「うふふ、あまり見せつけないでね?」
同じセリフをカイルが言っていれば、間違いなくヒートアップしていただろうが、2人はドラゴンに睨まれた草食動物のようにプルプルと震えて、はい、と短く返事をした。
クリスがカイルに笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、だらしない先輩で」
「い、いえ! 問題ありません!」
絶対にこの人は怒らせないようにしよう! そうカイルは決意した。
「それで、カイル君の試験なんだけど……剣の腕は問題ないから、近衛騎士団としての振る舞いを見てみようかなって思っているの」
「近衛騎士団としての振る舞い?」
「そう」
楽しそうな様子でクリスが頷く。
「近衛騎士団の部屋が王城の奥にあるのは伊達じゃないのよ。基本的に私たちが相手をするのは貴族――それも伯爵以上の高級貴族、そして、最も高き御方たち」
ぴっと指を上に向けてクリスが続けた。
「王族もね」
「――!?」
その言葉は、最底辺であっても貴族の端くれであるカイルには胸にのしかかる言葉だった。
王族――
貴族が忠誠を捧げる、この国の支配者。
そんな思いを馳せるカイルを、クリスタ頼もしそうな表情で見つめていた。
「いい顔ね。少なくともその表情は合格かな」
カイルは照れ臭くなって自分の頬を撫でる。
「恐縮です……」
そこでアイスノーが割り込んだ。
「どの依頼で試験しましょうか? 初心者向けの手頃なところですと、ラミレス侯爵の件などどうでしょうか?」
侯爵――!?
衛爵からすればはるか高みの存在。目も眩むような階級にカイルの体はびくりと震えた。
そんな様子を興味深げに眺めてから、クリスが口を開いた。
「いえ、どうせならもっといいもので試しましょう」
一拍の間をおいて、クリスが続けた。
「ナリウス・グリア様の件はどうかしら?」
アイスノーとブレイズが同時に息を飲むのをカイルは感じた。
だが、彼らほどの速さでカイルはその人物が誰なのか理解できなかった。
あまりも、高すぎる存在だから。
(ナリウス・グリア……グリア、グリア!)
グリア。
グリア王国において、その家名を関する一族はたったひとつしかない。
真っ青になったカイルの顔を見て、クリスが面白そうに付け加えた。
「ナリウス・グリア第一王子。王族の護衛ができることが、近衛騎士団の醍醐味なの。あなたにもそれを味わってほしいな」
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