第18話 第一騎士団長マーシャル・フロイツェル
戦争が集結してしばらく後、マーシャルが執務室で仕事をしていると、ブレイズが訪ねてきた。
「実は、お耳に入れたいことがありまして」
いつも陽気な男から、いつもとは違う雰囲気をマーシャルは感じていた。
「言ってみろ」
「実は八騎将バルガスを倒した男に心当たりがあります」
「本当か!?」
ブレイズが口にした名前こそが、カイル・ザリングスだった。
マーシャルの記憶にない家名だったが、それもそのはずで辺境の村を治める下級貴族であり、戦争には雑用騎士として参加していた。
完全にノーマークだった男。
そんな男が、本当に八騎将バルガスを倒したというのか?
「信じられない話だな……」
「自信はあります。真偽を確かめるため、入団試験を受けさせてもいいですか?」
もちろん、マーシャルに否はない。
帝国の再侵攻は時間の問題。あらゆる可能性を排除している余裕はなかった。おまけに、
――どんな少年なんだろう?
同じ武人として、マーシャルは好奇心を隠しきれない。
そして今日この日、ブレイズが『彼』を連れてきた。
「カイル・ザリングスです! 本日は貴重な機会を頂き、ありがとうございます!」
一見すると強者のオーラはない。とはいえ、頼りない若造というわけでもなく、その体つきからは厳しい鍛錬が見て取れる。
ただ、普通以上の威圧感はない。
(本当にこの少年なのか?)
その疑いを、マーシャルはすぐに捨てた。
どうせ入団試験が始まるのだ。そこで彼の才能を見極めればいい。
そして、試験が始まった。
まずは巧者の騎士ロイン。マーシャルがその技量を高く評価する騎士だ。
そのロインを、少年カイルはあっさりと下してみせた。
(見事なり)
思わず唸った。あの年齢でロインを圧倒する。生半可な才能ではないのは確かだ。
だが、物足りない部分もあった。
(あの小僧、まだ本気ではない)
もちろん、手を抜いているわけではない。単純に全力を発揮する前に終わっているのだ。
その程度で、ロインを軽くいなしている時点で凄まじいのだが。
しかし、マーシャルの飢えは満たされない。武人カイルの強さを見たい、その欲が。
(次は誰が相手をするのか――)
カイルの本気を引き出せる相手だ。
その時、マーシャルはブレイズから視線を感じた。
その視線が訴えていることを、マーシャルは理解した。
――俺を指名してください!
カイルを推薦したのはブレイズだ。である以上、ブレイズから試験官になると主張はしにくい。
(やる気があるな、ブレイズ)
部下の熱い想いに答えてやらねばとマーシャルは決断した。
「お前が相手をせよ、ブレイズ」
ブレイズが、あまり嬉しそうでなかった点がマーシャルには理解できなかったが。
そしてブレイズとカイルの戦いが始まったが――
それでもまだ、カイルの底は見えなかった。ただただ圧倒的な力でブレイズを捻り潰しただけ。
(まさか、これほどとは!?)
ブレイズは剣の腕だけならば、第一騎士団でも最上位の使い手だ。そのブレイズが何もできないままに圧倒されるとは!
少なくとも、マーシャルの人生であれほどの才覚を見たのは初めてだ。
最強。
無双。
そんな言葉がマーシャルの脳裏をよぎる。
だからこそ、マーシャルは己の体内でマグマのように闘志が燃え上がるのを感じていた。
――あの強者と剣を交えたい!
騎士たちはあまりの強さに意気消沈しているが、逆にマーシャルの精神は、空気を沸かすほどに沸騰している。
ただただ気持ちが、戦意が昂って仕方がない。
ブレイズが再び視線を向けてきたのは、ちょうどそんなときだった。
「団長――」
「わかっている」
ブレイズの視線が何を伝えようとしているのか、マーシャルにはよくわかっている。
「この段になれば、3人目はもう一人しかいない。団長であるこの私が相手になろう」
その瞬間、周囲の空気が凍りついたかのように
騎士たちの心の声は明白だ。
――まさか団長が出るなんて!?
入団試験でそんなことは一度もなかった。それほどのことが起ころうとしている。
それほどの、イレギュラーな受験生なのだ!
木剣を拾い上げてマーシャルが前に出ると、カイルが緊迫した様子で、じっとマーシャルを見つめていた。
「……本当に、いいんですか?」
「それは私に勝ってもいい――勝てると思って確認しているのかな?」
「い、いえ! そそ、そんなわけではないのですが!?」
慌てるカイルの様子は年相応で、強者のオーラは全く感じさせなかった。
(不思議な少年だな)
そう思いながら、マーシャルは剣を構える。
「思う存分打ち込んでくるがいい。遠慮はいらない」
そして、にやりと笑って続けた。
「せいぜい私を楽しませてくれ」
「はい!」
カイルが剣を構える。
戦闘態勢に入っても、カイルからは強者の雰囲気を感じなかった。これでは、周りが気づかないも仕方がないか、とマーシャルは思う。
だが、今はもう、マーシャルは彼の正体を知っている。
(はたして、私にこの少年の本気を引き出すことができるだろうか?)
そんなことをマーシャルは考える。
自分ですらもその限界に届かない可能性、それをマーシャルは否定できなかった。
マーシャルが敗北する可能性は充分にある。
騎士団長が入団試験で負ける――
前代未聞の恥だ。だが、それを押してでもマーシャルは挑みたいと思った。
剣士としてのマーシャルはまだ枯れるには若すぎるのだ。
「さあ、かかってこい、小僧!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さあ、かかってこい、小僧!」
「はい!」
カイルは己の気持ちの昂りを自覚した。
第一騎士団長マーシャル! 間違いなく、王国最強の一角を占める存在! そんな人間と戦って、己の強さを測れるなんて!
(なんて幸せなんだ!)
カイルが挑みかかろうとした、まさにその瞬間だった。
「待たれよ!」
凛とした女の声が響き渡った。
そこに立っていたのは青白い髪をした。妙齢の女性騎士――
ブレイズの声が飛んだ。
「アイスノー、なんの用だ! 邪魔するなよ!」
アイスノー・クレイブス。近衛騎士団の才女がそこに立っていた。
「邪魔だと?」
アイスノーは美しい眉をしかめ、烈火のような声を吐き出した。
「何を言うか! 我々の邪魔をしたのはお前たちだろう!?」
第一騎士団の面々が対応に困っている間に、アイスノーはつかつかとマーシャルに近づいた。
「お邪魔して申し訳ございません、マーシャル団長殿。しかし、私の言葉は近衛騎士団の総意です。一定のご配慮を賜りたく」
不機嫌そうな様子でマーシャルは木剣を地に投げた。
「少し機嫌が悪いな。一喝したいところだが、お前に言うのは違うようだ。あとでクリスのほうに言っておくよ」
「そうしていただけると助かります」
次に、アイスノーがカイルに目を向けた。
「久しぶりだな、カイル。私のことを覚えているか?」
「はい、もちろんです。アイスノー様」
「アイスノーさん、で構わない」
と言ってから、柔らかくほほ笑む。
その笑みをすぐに消してから、鋭い視線を周囲に飛ばして大声で叫んだ。
「このカイル・ザリングスは、近衛騎士団が先に目をつけている! 第一騎士団には手を引いてもらいたい!」
「待ちやがれ!」
騎士たちが騒然とする中、再びブレイズが叫んだ。
「何言ってやがる! 俺が先に声をかけたんだよ! 手を引くのはお前だっつーの!」
「あいかわらずうるさい男だな、お前は」
うんざりした様子で応じてから、アイスノーが続ける。
「お前がカイルと出会ったのはどこだ?」
「クレイリア砦だよ、八騎将のバルガスが死んだところだ!」
アイスノーが浮かべたのは、勝利の笑顔だった。
「悪いな、私はリアンディア平原の撤退戦だ。お前よりも早いぞ?」
「はああああああああ!? 関係あるかよ、声をかけたのは俺が先だ!」
「先に目をつけていたのは私だ!」
「うるせえ! 俺は前世からだっての!」
「なら、私は前々世だ!」
全く譲らない感じで二人は視線をぶつけ合い、歯をギシギシと鳴らしている。
(と、止めないと……)
そう思ったカイルが慌てて言葉を継いだ。
「あ、あの……その、落ち着きませんか?」
2人が同時にブレイズを見て、鋭い言葉を発した。
「「カイル、お前はどっちを選ぶつもりだ!?」」
「え!」
二人からの圧を受けて、思わずカイルは仰け反ってしまった。
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