第17話 第一騎士団ブレイズ・ファルシノス

 ブレイズの目の前で、カイルと第一騎士団のロインが向き合っている。

 ロインは第一騎士団でも上位の使い手だ。どちらかというと腕力ではなく技で戦うタイプで、対戦相手に合わせた戦い方ができる。受験者の可能性を引き出すことに長けているため、入団試験でもよく指名される人物だ。


(さて、どうなるか)


 ブレイズには結果がわかっている。問題は、どれほど早く、どれほど圧倒的に、その結果が得られるかだ。


「はじめ!」


 ブレイズの掛け声とともに、動き出したのはカイルだった。


(――!?)


 まるで猛獣が襲いかかるような勢いにブレイズは驚いた。なんとなく、カイルが受け手に回ると思っていたからだ。

 カイルの攻撃がロインに襲いかかる。

 素早い攻撃が当たるかと思ったが、響き渡ったのは打撃音ではなく、かっ、という鈍い音。ロインが反応して、木剣で弾いたのだ。

 しかし、それはギリギリ間に合ったというくらいで、続くカイルの追撃によって、さらに体勢が崩れる。

 カイルが勢いよく斬り込んでいる。ロインはどうにか防御しているが、しかし、その余裕はあっという間に削り取られていく。


(おいおいおい!)


 あのロインが、一方的に押し込まれている!

 同僚が押し込まれている事実に動揺しながらも、しかし、ブレイズは己の興奮も感じていた。

 カイルの太刀筋から感じる、鮮烈な輝きから目を離せない。

 間違いようのない強者!

 やはり自分の眼力は正しかった。八騎将のバルガスを圧倒したという見込みは、間違えていなかった。

 騎士たちも異常に気づき始めた。熟練者のロインをあそこまで押し込められる使い手は第一騎士団でも多くはない。

 彼らのざわつきが収まるよりも早く――

 ロインの持っていた木剣が宙を舞った。

 そのまま体勢を崩したロインの頭めがけて、カイルが木剣に振り下ろし――寸前で止めた。

 驚愕と衝撃が騎士たちを襲った。目の前で起こったことを受け止めることに必死なのか、空気が沈黙する。それを叩き割るかのようにブレイズが声を張り上げた。


「勝者カイル!」


 その言葉の直後、我に帰った騎士たちの歓声が響く。

 どこか上の空だったカイルも、その声で我に帰ったのか、慌てた様子でロインに頭を下げると後ろへと引いた。


「お疲れさん」


 ブレイズがロインの肩を叩く。

 ロインの顔は呆然としていた。


「なんだあいつは……とんでもないぞ。なんなんだ、あれは?」


「すごいだろ? 王国の秘密兵器さ」


 下がっていくロインを見送った後、ブレイズはカイルに話しかけた。


「どうだった?」


「いや、その……そうか、これが俺の力なんだなって……強いんですね、俺」


 まるで他人事のようにカイルが笑う。

 これが始まりなんだろう、そうブレイズは感じていた。カイルはようく己の強さを意識した。スタートラインに立てたのだ。

 認識が世界を、未来を変える。

 これからカイルの新しい道ゆきが始まるのだ。


(何てやつだ。楽しみで仕方がない!)


 ブレイズは興奮を隠しきれない。その興奮のまま、ブレイズは言葉を吐いた。


「さあ、次の試験だ! 我こそはというやつはいないか!?」


 ブレイズは視線を巡らしたが、騎士たちは目をそらした。

 熟練者であるロインが一方的に打ち負かされたのだ。一般の団員に勝てるはずがない。どうやらあの受験生は普通ではないらしいが、受験生に負けたという情けない履歴はごめん被りたいというところだ。


(まあ、俺もあっちなら同じ気分だな……立場はわかるんだけど、まいったなあ……)


 なぜなら、試験は3試合と決まっているから。特例で合格でもいいぐらいの腕前だが、ブレイズにそこまでの権限がない。


(……うーん……下手に指名して恨まれるのも微妙だなあ……)


 そこで、ブレイズは決済権限のある騎士団長マーシャルにチラリと視線を走らせた。

 合格! と言って欲しい!

 すると、マーシャルは全て分かったという様子で大きくうなずき、威厳のある声でこう言った。


「お前が相手をせよ、ブレイズ」


 え、という言葉をブレイズは飲み込んだ。

 どうやら、アイコンタクトを別の意味に解釈されてしまったらしい。ブレイズの内心の動揺など気にせず、マーシャルが淡々と言葉を続ける。


「カイルは炎狼隊の候補だと考えているのだろう? ならば、そこに所属するお前が相手をするのは当然のことだと思うが?」


「アイアイ! サー!」


 いちいちごもっともな正論に、ブレイズは反論の代わりに威勢のいい返事をした。

 ブレイズはロインが落とした木剣を拾い上げ、カイルに向かって構えた。


「というわけで、俺が相手をすることになった。よろしくな」


 カイルの表情が緊迫する。


「よろしくお願いします!」


 そして、一切の油断なく剣を構える。

 内心でブレイズはため息を噛み殺した。


(やれやれ……手加減するつもりはなしか)


 カイルの目の輝きは挑戦者のそれで、己の強さを証明したいという感情に輝いていた。相手は第一騎士団最強の炎狼隊のブレイズ。強さの保証は充分すぎるほどだ。

 きっと楽しくて仕方がないのだろう。

 そうなるように焚き付け、仕向けたのはブレイズなので、自業自得もいいところなのだが。


「はっ! やれやれ……」


 彼我の実力差をブレイズは認識している。勝てる相手ではないと頭の中で判断している。八騎将を倒したほどの使い手に、ブレイズが勝てるはずがない。

 だが、それでも――

 ブレイズは勝つ気を捨てるつもりはなかった。先輩としての、戦うものとしての意地というものがある。


「やってやるぜ! 行くぞ」


 ブレイズが吠えると同時、カイルへと襲いかかった。

 ブレイズは防御よりも攻撃の男で、彼の勢いに乗った攻撃というものは止められるものではない――そう第一騎士団では一目置かれている。無傷で捌けるのは、団長のマーシャルくらいのものだ。


「おらおらおら!」


 ブレイズが一呼吸の間に、無数の斬撃を繰り出す。

 まさにそれは暴風のような攻撃―― 


(おいおい、マジかよ!?)


 その全てをカイルは正確無比な動きで木剣ではたき落としていた。

 おまけに、目に焦りはなく、表情も静かなままだ。

 きっと初心の剣士の相手をしても、カイルはこんな表情だろう。

 ブレイズは心臓を触られたかのような気分だった。決して壊れることのない、永久凍土の壁に打ち込んでいるかのようだ。


(まさか、これほどの化け物かよ!?)


 ぞっとはしたが、やがて、その気分は底を突き抜けて、ブレイズは笑い出しそうになった。

 非現実的な強さだった。手も足も出ない。ここまでインチキくさい強さになると、感情の振れ幅がおかしくなってしまう。

 決して緩めてはならない――

 守勢に回れば終わり。

 そうブレイズは理解していたが、ずっと攻め続けられるはずもない。攻撃の手が緩んだ瞬間を、カイルは逃さなかった。


(ったく、見逃さねぇなあ!)


 今度はカイルが攻め手に転じる。暴風のような攻撃が繰り出された。ブレイズのそれよりも強力な攻撃が。


「うおっ!?」


 ブレイズも防御を固めるが、そもそもブレイズはあまり受けが上手くない。

 その上で、圧倒的な攻撃だ。 防衛網をすり抜けてきた攻撃が、二発三発とブレイズを打ち据える。


「ぐおあ!?」


 たまらず、ブレイズは木剣を手放して地面に倒れた。

 誰がどう見ても決着がついた。

 第一騎士団の面々が大声をあげる。


「ブレイズが負けた!?」


「まじかよ、炎狼隊のホープだぞ!?」


「あの新人、超やべえよ!」


 興奮の声が交錯する中、カイルが慌ててブレイズに手を伸ばす。


「あの、大丈夫ですか?」


「ああ、まあ……お前強いなあ」


「いや、ブレイズさんも強かったです。木剣を止めることができませんでした」


「ははは……」


 ブレイズの口から苦笑がこぼれる。

 少なくとも、木剣を止めることができたロインよりは強いということらしい。結局のところ圧倒だということを考えると、なんだか、よくわからん微妙な差だなあ、とブレイズは思った。


「立ち会い、ありがとうございます。自信がつきました」


「そりゃよかったね!」


 ブレイズが立ち上がった。


(もうこれは合格でいいだろう……)


 ブレイズが倒れた以上、もう誰も試験官をしてくれはしないだろう。そう思い、ブレイズは騎士団長のマーシャルに声をかけた。


「団長――」


「わかっている」


 マーシャルは鷹揚に頷いて片手を上げた。


「この段になれば、3人目はもう一人しか残っていない。団長であるこの私が相手になろう」


 ずっと、マーシャルが前に出る。

 アイコンタクトは、相変わらず伝わっていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る