第20話 近衛騎士団の入団試験
クリスとの話し合いが終わり、カイルはブレイズとアイスノーとともに近衛騎士団の部屋を出た。
ブレイズが口を開く。
「王族絡みの仕事って、いきなりハードモードすぎねえか?」
「ううむ……期待の現れというところだな……」
「王族の機嫌を損ねりゃお家取り潰し、当人は打首だぜ?」
「え、えええ!?」
カイルのそんな反応を見て、ブレイズが大笑いした。
「第一騎士団は気楽だぜ? こっちにこいよ」
「おいこら、勝手なことを吹き込むな!」
一喝した後、アイスノーがカイルに目を向けた。
「そういうことにはならん……まあ、よほどのことがなければ……たぶん……」
「自信なさすぎだろ!」
ヘラヘラと笑ってから、ブレイズがカイルに視線を向ける。
「カイル、疲れたたろう? うちに帰ろうぜ。団長からはもう了解を得ている」
カイルが答えるよりも早く、アイスノーが噛みついた。
「待て! お前の家に帰るだと? お前の家に連れて帰るというのか!?」
「あぁん? そうだよ、だって、うちの家に泊めてるからな?」
「いかんいかんいかああああん! それは不公平だ!」
アイスノーがカイルの右肩をつかむ。
「君、今日は私の家に泊まれ!」
「え、え、え、え?」
「おいおい……王都に来たばっかりなんだ。すぐに宿を変えたら大変じゃねーか」
「たかだか隣の家だ、たいした苦労ではあるまい! お前のがさつさと失礼さがカイルにうつったらどうする! 近衛騎士団で苦労するじゃないか!」
「いやいや、ちょっと待て! 納得できねーぞ!」
ブレイズもカイルの左肩をつかむ。
両側の肩から『圧』をかけられて、カイルは目をぐるぐると回してしまった。
(これ、とうしたらいいの……?)
結局、カイルが戸惑っている間にブレイズが押し切られ、今日はアイスノーの屋敷で厄介になることになった。
「全く……押しの強い女だ……」
ブレイズが肩をすすめる。
「ま、どうせ隣だ。おっかないお姉さんが嫌になったら、いつでもうちの家に逃げてこい」
そんなことを言って、ブレイズが立ち去った。
「王子殿下との打ち合わせは明日だ。第一騎士団の試験で疲れただろう、今日は家に戻ってゆっくり休んでくれ」
その後、クリスから帰宅許可をもらったアイスノーとともに、カイルはアイスノーの屋敷に向かった。
ブレイズの屋敷の隣だが、その広さは比較にならない。
「す、すごいですね……」
「伯爵家だからな。それなりの格はある」
食事も豪勢だった。
明らかに、ここは一流レストランでしたっけ? と聞きたくなるほどの贅沢な料理が次から次へと出てくる。
そのどれも絶品で、カイルは食べたことがない代物だった。
おまけに――
「娘のアイスノーが迷惑をかけているようだね、カイル君」
「あ、いえ、そんなことは……」
食事の席をともにしたのは、アイスノーだけではない。アイスノーの両親であるクレイブス伯爵と奥方まで食事に参加している。
下っ端の衛爵に対して、破格の待遇であろう。
(……これはもう、完全に接待だな……)
当然、カイルにそんな経験はない。
おかげで気を使ってしまう。
男爵家であるブレイズの実家は気楽だった。もちろん、ブレイズの父は挨拶してくれたが、それは本当に挨拶だけで、食事は一人で取っていたし、出てくるものも一般的な食事だった。
これはカイルを軽んじているというよりも、そういう家風なのだろうと、カイルは感じている。
「君が近衛騎士団に入ってくれれば、うちの娘も喜んでくれると思う。ぜひよろしく考えてくれ」
「あ、ありがとうございます」
内心の動揺を隠しながら、カイルは返事をした。
外堀を埋められている!
にこやかな雰囲気だが、したたかな戦略があった。その辺はやはり伯爵だ。貴族の社交場ど真ん中を生きてきた男のやり方なのだろう。
(これで第一騎士団に行くって言ったら大変なことになっちゃうな……)
戸惑いながら、カイルは料理を食べた。緊張しすぎて、ゆっくりと味わう余裕はなかった。
食事が終わり、カイルはアイスノーの案内で部屋に戻った。
「すまないな……うちの父親はどうにも気を回しすぎるところがあってな……私から頼んだわけではない。あまり気にしないでくれ」
「いえ、伯爵の立場としては当然でもあるので」
「そう言ってもらえると助かる」
アイスノーは笑うと、最後にカイルの顔を見つめてこう言った。
「ブレイズが言っていた通り、近衛騎士団には難しい部分もある。全ての貴族がいい心の持ち主というわけではないしな……。だけど、正しい気持ちを持つ貴族たちも多い。彼らは民の生活を真剣に考え、少しでも国をよくしようとしている。彼らを守ることは民の未来を守ることでもある。私はね、近衛騎士の仕事は立派なものだと思っているよ。君も気に入ってくれると嬉しいな」
最後に、おやすみ、と伝えてアイスノーは自室へと向かった。
カイルはベッドに座る。
今日は怒涛のような日々で疲れてしまった。第一騎士団との戦いで己の可能性に気づき、そのまま話が進むのかと思ったら、近衛騎士団のスカウト、そして、王子の護衛にアサイン――
今日という日をカイルは忘れることがないだろう。
――第一騎士団は気楽だぜ? こっちにこいよ。
――私はね、近衛騎士の仕事は立派なものだと思っているよ。
ブレイズとアイスノーの言葉が頭の中でぐるぐると回る。
(どっちがいいんだ、どっちが……)
頭が痛くなった、カイルはベッドに倒れ込んだ。
(とりあえず、目の前のことを片付けていこう!)
そもそも、第一騎士団の試験は中断したし、近衛騎士団の試験はこれからだ。迷っていても仕方がない。
――翌日。
カイルはアイスノーに連れられて王城を歩いていた。
「昨日も言った通り、今日は王子殿下が打ち合わせに入る。特に発言しなくてもいいが、内容だけは頭に入れておいてくれ」
「わかりました!」
会議室に入ると、近衛騎士団長のクリスや、王国の重臣たちが座っていた。
参加者の顔ぶれを見て、カイルは緊張する。
(さすがに王子殿下が絡む話となると、すごいな……)
剣の戦いであれば、もう固くなることはないが、かしこまった席には慣れていない。
顔をこわばらせながら、アイスノーの隣に座る。
しばらく待っていると、年はカイルと同じくらいの若い少年が姿を現した。
その瞬間、全員が席から立ち上がった。カイルも慌ててそれにならう。
(あの人が――)
皇太子ナリウス・グリア。
黄金の髪に青い目。顔立ちはとても整っている。絵画から抜け出てきたかのような美しさだ。
年は、カイルと同じ15歳。
とても聡明で、優秀という噂はカイルも耳にしている。アークロア帝国の皇帝ラインデルに匹敵するほどだと期待されている。
「ご苦労、楽にしてくれていい」
その声には威厳があった。
カイルと歳は変わらないのに、凡人とは明らかに雰囲気が違う。
ナリウスの言葉とともに、参加者たちが席に座った。
「さて、今回の計画の相談をしよう。クリス、進行を頼む」
「わかりました。詳細はアイスノーからご説明いたします」
それを受けてアイスノーが立ち上がった。
「ご説明の前に、1人紹介したい人物がおります」
アイスノーが隣のカイルに手を差し向けた。
「彼の名前はカイル・ザリングスです。まだ団員ではないのですが、近衛騎士団の人員として参加させていただきます。未熟者ですので、何かございましたらアイスノーまでお伝えください」
「カイル・ザリンクスです、よろしくお願いします」
挨拶をしたところ、ナリウスの口元に笑みが閃いた。
「君がカイルか、噂は聞いているよ」
「え、本当ですか!?」
「ああ、第一騎士団から報告があってね、君のことは予約済みだから、近衛騎士団のものだと思わないでほしいと釘を刺されたよ」
くくく、と笑ってから、ナリウスが続けた。
「他にも
周りがざわつき始めた。
「第一騎士団と近衛騎士団が狙っている……?」
「そんなにすごいのか?」
全ての視線がカイルに集中した。
今まで路傍の石のように『存在しなかった』のに。無数の目が、カイルという人間の正体を覗き込もうとしている。
どういう表情をすればわからず、カイルはむず痒さを覚えた。
(それに、話を聞いているのか……)
ナリウスは『色々と』と言っていた。つまり、もっと多くの話を、だ。
それはきっと、八騎将のバルガス打倒も入っているだろう。
(これは気を引き締めないと)
きっと、王太子の言う『期待している』は本音だ。
参加者の動揺が落ち着いてきたタイミングで、アイスノーが口を開いた。
「それでは今回の予定――聖女マリーネ様の出迎えと、フラノス慰問をご説明いたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます