第8話 第一騎士団 ブレイズ・ファルシノス2

「な、え、あ? そ、そんな! バルガス様が!?」


「無敵の男なんていない。大将のくせに特攻するからこういう目にあう。バカが悪いんだよ」


 挑発は盛大に。

 それを実践するかのようにブレイズは大声で笑った。


「お前たちの命は助けてやる。だから、さっさと下がって、バルガスの死を教えてやれ! それとも敵討ちでもするか? ならば、この赤狼隊のブレイズが相手になってやるぞ!」


「う、うわああああああああ!」


 恐怖に染まった声で帝国兵たちが逃げ出す。

 同じ頃、笛の音で知った王国軍の兵たちはバルガスの死を大声で喧伝した。

 もちろん、そんなものを帝国軍は信じなかったが、逃げ延びたバルガス隊から話が広がって否定できなくなった。その事実は帝国軍の士気をあっという間に下げた。


 不敗の八騎将が、まさか!?


 戦局は一気に変わり、恐れをなした帝国軍はまるで叩き出されるかのように砦から逃げ出すことになった。

 王国兵たちの大きな喝采が砦を包む。

 王国と帝国の戦争における初めての勝利なのだから無理はない。


「よー、ブレイズ! まさかお前がバルガスを倒すなんてなあ!」


 終戦後、同僚にそんなことを言われて、ブレイズは面食らった。


「はあ!? 俺じゃないぞ!?」


「え、そうなの?」


「俺はたまたま死んでいるバルガスを見つけただけだ。誰が倒したのか俺も知らん!」


 慌ててブレイズは否定したが、残念ながら、すでにブレイズ英雄説は広く浸透していた。そのためかバルガスを倒した人物を探そうと気運が高まるまでに時間を要した。

 その間、ブレイズはブレイズで自分なりに考えを深めていた。


(まさか、あいつが――?)


 そのとき、プレイズの頭に浮かび上がったのはまだまだ若い雑用騎士の顔だった。

 出会い頭にかわした剣の衝撃を思い出す。

 ブレイズが手加減せずに放った不意打ち気味の一撃を、完璧にとらえて弾き返していた。並の騎士にできる芸当ではない。その手に伝わってきた威力も相当なものだ。

 もちろん、それだかで判断するのは早計だ。

 だが、他にも傍証はある。


(そういえば、あいつが抜けてから帝国軍の押し込みが強くなった気がするんだよな……)


 単純に帝国軍が兵を増員したと思っていたが、光景を思い返せば、そこまで増えているとは思えなかった。

 ならば、こちらの戦力が減ったと考えるのが妥当だ。


(こっちにも戦死者がいるから、戦力が減っているのは事実だが――)


 それだけだと計算が合わない、とブレイズの感覚が訴えている。

 だとすれば、例えば?

 例えば、圧倒的な個の力が失われていたとしたら?


 ――お前一人なら問題ないだろう。せいぜい暴れてこい!


 立ち去った若者が、その圧倒的な戦力だとしたら?

 そこで、ブレイズは簡単な証明方法を考えてみた。

 カイル・ザリングスは西口に行くと言っていた。そして、再会した場所から考えると、それからもずっと戦線を移動していたのだろう。

 であれば、それぞれの戦線でカイルが参加するたびに何かしらの動きがあるはずだ。

 そう思い、ブレイズは各出入り口を守っていた部隊長たちに戦況の変化を確認していった。全ての情報を揃えたあと、ブレイズは口に手を当て、思わず息を漏らした。


「マジかよ……!?」


 各戦局が苦境を突破したタイミングを並べると、それは時系列に並んでいた。同時に発生はしていない。ちょうど巨大な力を持った何者かが順番に移動して戦況を好転させていったかのように。

 そしてその動きは――


(俺の持ち場所を始点として、西口、そこから順番に近場を回っていったとしたら、ちょうどこの動きになる……)


 ぞっとした。

 そんなことが可能なのかと思った。


 これではまるで、たった一人で戦況を覆したようなものじゃないか!


 戦争。大人数が入り乱れる戦い。

 それを一人の人間が覆したなど、ありえるはずがない。


「いや、できるはずがないだろ……」


 そもそも移動量がおかしすぎる。砦の周辺で戦っていたとはいえ、それなりの広さがある。それを休むことなく全力で移動し、最前線で剣を振るい、敵が撤収次第、休むことなく走り出す――


 もはや、尋常ではない。


 もしもこの仮説が正しければ、それは間違いなく、帝国自慢の八騎将を打ち倒すほどの戦力であろう。


(本人に聞くしかないな)


 そうブレイズは結論づけたが、すでに砦の防衛部隊は解体されていて、雑用騎士であるカイルは異動していた。

 ブレイズは上官に尋ねた。


「教えてください。俺の部隊にいたカイル・ザリングスという兵は今どこに?」


「わからんな。もう部隊の再編は終わっている。下っ端の連中がどうなったかなんて調べるのも無理だ」


 ブレイズはがっくりと肩を落とした。

 全てが仮説であるため、大きく動くにはいろいろと足りない。


(今のところは仕方がないか……)


 がっかりしたが、そこまで落ち込んでもいなかった。ブレイズの推測が正しければ、あの男ならどこででも圧倒的な戦果を生み出すだろうから。


(この戦争が終わったら、第一騎士団――いや、赤狼隊の一員に推挙しよう。あの武は王国の剣たる我々にこそ必要だ!)


 ブレイズはそう堅く誓った。

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