第7話 第一騎士団 ブレイズ・ファルシノス
「お前一人なら問題ないだろう。せいぜい暴れてこい!」
「はい!」
威勢のいい返事を残して走り去っていく黒髪の若者の背中を見送ってからも、帝国の攻勢は続いた。
それをブレイズは何度も退けたが――
(おいおい! 何だか圧力強くねえか?)
まるで何か強力な戦力が抜け落ちたかのような。
そんな違和感を覚えたが、すぐに思い直した。敗北している以上、帝国側が戦力を増して叩きつけてくるのは当然だ。帝国軍の底の知れなさを感じてブレイズは背筋が凍るような思いすらする。
それでもブレイズの指揮能力と、本人自身の高い戦闘能力もあり、彼は防衛を果たした。
「ふー」
退却する帝国兵たちを見送りながら、ブレイズは疲労の濃い息を大きく吐く。
そんなおり、ぴー、と甲高い笛の音がした。
(……マジか……!?)
その瞬間、ブレイズの緊張感がマックスまで一気に跳ね上がる。
これは、いずれかの出入り口が破られたときの音であるが、もうひとつ意味があり、その突破した軍が八騎将バルガスの部隊であることを伝えている。
八騎将とは帝国軍が誇る、勇猛な将に与えられる異名である。
その戦力は非常に強く、王国の主力第1騎士団――そのエリート部隊『赤狼』に所属するプレイズであっても1対1で戦って勝てる相手ではない凄腕たちだ。
だから、この笛の音が聞こえたら――
「おい、行くぞ!」
ブレイズは指揮を副官に委ねた後、鋭い声を発して部下とともに移動を開始した。ここにいる炎狼隊の全力を以ってバルガスを仕留めるためだ。
とてつもないピンチではあるが――
(ある意味では好機だ!)
ブレイズは高揚している自分を自覚した。
絶大な力を誇る八騎将とは帝国の強さそのものを体現する存在である。それを打ち取ることができれば、帝国兵の士気に大打撃を与えることができる。連戦連敗を覆す奇跡の一手になり得るのだ。
バルガスは腕に自信のある猛将であり、猪突猛進する癖があると言われている。前線に平気に顔を出すので打ち取るチャンスはある。
ブレイズが砦内を歩いていくと、侵入した帝国兵たちが姿を表す。
「邪魔だ、どけ! 帝国の犬ども!」
一喝とともに容赦無く帝国兵を切り捨て、ブレイズはずんずんと奥へと進んでいく。
そうやって進んでいると――
曲がり角を曲がろうとした瞬間、何者かが不意に姿を見せた。
「――!?」
驚いたブレイズが、反射的に剣を振るう。
続いて目が映像を詳細化する。そこに映ったのは、王国兵の鎧を着た兵士だった。しまった! と思ったが、もはや剣を止めるの余裕はなかった。
きぃん!
鋭い音がして、ブレイズの剣は一瞬にして弾かれた。
「っつ!?」
ブレイズと、若者の視線が交錯する。
若者の顔には見覚えがあった。
「……? あの時の……?」
「はい。カイル・ザリングスです」
「そうか、すまない。とっさだったので誰かもわからず切りつけてしまった」
「大丈夫です、俺は無傷ですから! 気にしないでください!」
カイルはにっこりと笑顔で応じると、
「砦内にはいる帝国兵を倒してきます!」
そう言って、颯爽とした足取りでブレイズの前から立ち去った。
(しかし、不意打ち気味の俺の剣を受け止めるとはな……)
だが、その時点であまり考えは深まらなかった。そんなことよりも、バルガスを見つけて討ち取ることに時間を割くべきだ。
「行くぞ!」
カイルが出てきた道をたどっていく。
ズンズンと廊下を歩いて行った先に――
「……へ?」
ブレイズは人生では出したことがないくらい間抜けな声をこぼした。
視界の先で、血を流して大男が倒れている。傷の深さと半開きの輝きを失った眼球からして死んでいるのは間違いない。男のかたわらには双剣が転がっている。
それなりに階級の高い『赤狼』のブレイズはバルガスの容姿や特徴を聞かされている。
目の前の死体の外見は、まさに一致していた。
「こ、これは……どういうことだ、ブレイズ?」
「おいおいおい……」
同僚の問いかけが耳に入らないほど、ブレイズは動揺していた。
バルガスを倒すためにやってきたが――
ここで、もうバルガスが死んでいる。
バルガスを倒した場合、赤狼メンバーは笛を吹いて合図すると取り決めている。
だが、その笛は聞こえていなかった。
そもそも、倒したと思われる赤狼のメンバーもいない。
(ということは、赤狼以外の誰かが倒したのか……? 誰が?)
それができそうな人間をブレイズは思いつけなかった。
頭の中がぐるぐると思考が回るが、ブレイズは首を振って、それを振り払った。
今は考えているときではない。
一刻でも早く知らせなければならない――
王国軍に希望を、帝国軍に絶望を。
ブレイズは笛を取り出して吹いた。それはさっきのものよりも、より甲高い音を響かせた。
笛の音をたどってきたのだろう、帝国軍が姿を見せる。
帝国兵たちはブレイズを見た瞬間に叫んだ。
「何だ、今のは!?」
「は? 教えてやったんだよ。そこに倒れているやつの顔に見覚えはないか? お前らの死んだ大将だぞ」
倒れている男の顔を見た瞬間、帝国兵の顔が真っ青になった。
「な、え、あ? そ、そんな! バルガス様が!?」
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