第6話 クレイリア砦・攻防戦
リアンディア平原から撤退した王国軍が次に陣を構えたのはラクノー平原だ。ここから先は後がなく、ここを抜かれると王都への攻撃も現実味を帯びてくる。
王国にとっては決して負けられない最終防衛ラインだ。
仕切り直しての再戦――
しかし、王国側は再び押しに押されることとなる。
帝国側は依然、意気軒昂。まるでリアンディア平原での戦いを繰り返すかのように王国側は苦戦した。
カイルも3つの部隊を移動しながら奮闘したが、形勢は揺らがない。
(……くそ……もっと俺に力があれば!)
そんなことを思いつつ、カイルは必死に剣を振るっていた。そんなカイルに辞令が下り、4つ目の部隊に転籍することになる。
それが、クレイリア砦だ。
王国の名将クレイリアの名前を冠する砦で、最重要拠点のひとつ。ここが陥落すれば、もう帝国軍の侵入を抑えることはできない。
とにかく少しでも兵力を!
その大号令のもと、末端の雑用騎士までが集められるのは当然のことだった。
そして、帝国軍の侵攻が始まる。
砦には6つの出入り口があり、カイルはそのひとつに陣取っていた。
「おい、お前たち! よく聞け!」
この場所での戦いの指揮をとる兵長が声を張りあげる。
ブレイズ・ファルシノス。赤髪を短く刈った18歳の男だ。肉食獣めいたワイルドな風貌が目を引く。
ブレイズが剣を引き抜いた。
真っ赤な刀身が陽光の輝きを受けて赤い光を放つ。
その剣は、王国の主力である第一騎士団――その中でも精鋭と呼ばれる『赤狼』と呼ばれる部隊にのみ持つことが許される代物だ。
「攻め寄せる敵軍は双剣を操り、八騎将として名高いバルガス! 猛将と恐れられているが、決して怯むな! ここが最後の防衛戦! 負ければ王国に明日はない! 意地でも戦い抜き、故郷を守れ!」
「おおおおおおおおおおお!」
その赤刃には、敗戦続きの兵たちを鼓舞する力がある。
カイルも戦意を高揚させながら誓った。
(せめてこの砦だけは、なんとしてでも守り切る!)
そして、戦いが始まった。
押し寄せる帝国軍に対して、王国軍も兵を出して抵抗する。
カイルはリアンディア平原の撤退戦から引き続き、勇戦した。敵兵を撃退していくが、それでも攻め寄せる『圧』がおさまらない。
(くそ……! キリがない!)
そんなふうに思われたが、王国側の必死の抗戦が効いたのか、最初の攻めは押し返すことに成功した。
「よっしゃ! よくやったぞ、お前たち!」
ブレイズの声に、兵たちが声を上げる。全体から見れば小さな、局地的な勝利でしかなかったが、勝利は勝利。兵たちの士気を上げるには充分だった。
「また帝国のアホどもが、命を無駄にしにくるだろう。そのときに備えて少しでも休んでおけ!」
だが、雑用騎士のカイルに休むつもりはなかった。
さっきの交戦中、帝国軍側が「何を苦戦している! 西の出入り口は優勢と知らせが届いている。負けるな!」と叫んでいたからだ。
カイルはブレイズに話しかけた。
「あの、すみません、所属のカイル・ザリングスです。西側の出入り口に応援に行きたいのですが、構いませんか?」
「西側に? なぜ?」
「戦闘中に、苦戦しているという話を聞いたので――」
「苦戦か……まあ、どこもそうだろうな……」
渋い顔をしてから、ブレイズが話を続けた。
「こっちも余裕がないから今は動けないが……お前一人なら問題ないだろう。せいぜい暴れてこい!」
「はい!」
カイルは西側の出入り口に向かって駆け出した。
カイルがたどり着いたとき、西側の防衛線はもう決壊寸前だった。
(なんてことだ!)
一瞬にして心は緊迫感に満ちたが、
(だけど、来てよかった!)
遅くはなかった。微力ではあっても、力を貸すことができるのだから。カイルは急いで剣を引き抜き、最前線へと身を投じた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
剣しか扱えないカイルにできることは少ない。ただしゃにむに、目の前の兵を切り捨てていくだけ。
切って切って切って切って――
気づいたときには、西口の帝国兵は撤収していた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
兵たちが大声をあげている。敗北寸前からの逆転劇。この一勝はただの一勝ではない。地獄の底から生還したかのような喜びがそこにあった。
(よかった……少しは助けになれたかな?)
その声を聞きながらカイルは満足感を覚えていた。
だが、すでにカイルの心はそこにはなかった。ブレイズが言っていた言葉をカイルは忘れていない。
――苦戦か……まあ、どこもそうだろうな……。
ならば、他の場所も救うべきだ。休みをとる仲間たちを尻目にカイルは次の戦線を目指して走り出した。
そうやって、次々と戦場にカイルは参加し、そのいずれでも勝利の瞬間に立ち会うことができた。
「本当に良かった……」
それでもカイルは満足しない。自分のおかげだと慢心し、足を止めたりはしない。
そもそも、そんなことを少しも考えなかった。
(みんなの助けにならなければ!)
ただそれだけを思い、次の戦場を目指す。
そのときだった。
ぴーっという音が笛の聞こえる音がした。
(……これは……?)
その音が何を意味するのか、カイルは知らなかった。ただ、自分がこれから向かおうとしていた場所から鳴っているらしいことはわかった。
(大変なことが起こったのかもしれない!)
大変なことが起こっていた。
砦の中を移動していたカイルは、建物内に侵入している帝国式の鎧を着た兵たちの姿を見た。
侵入を許してしまった!
あの笛の音は、それを味方に伝えるためのもだったのだろう。
奥歯をぎりっと噛み締めたカイルは剣を引き抜き、帝国兵たちに切りかかった。
帝国兵たちは抵抗したが、カイルの前にあっさりと切り捨てられる。
「とにかく、少しでも敵を倒さないと!」
それしかカイルにはできないから。
カイルは見かけ次第、帝国兵を片っ端から倒していく。
「ほおお、小僧……なかなかの使い手だなあ」
そんな声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、身長2メートル近い巨漢の男が立っていた。両手には2本の剣を持っている。その刃は切り捨ててきた王国兵の血で赤く染まっていた。
全身から漂うただならぬ気配を感じて、カイルは警戒心を増す。
大股で歩み寄りながら男が口を開いた。
「誇りに思うがいい。無双と名高い俺に殺されるのだから。冥土への土産に覚えていけ。俺の名前はバ――」
鋭い音が響き渡った。
みなまで言わせず、カイルが振るった剣をバルガスが弾いたからだ。
「お前の名前なんてどうでもいい。誰であろうと、倒すだけだから」
「……小僧!」
二人の影が交錯する。
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