第30話 閑話 寺捻時宇覚の章2
店主の言葉に軽い返事をしたシファは宇覚と細かい契約内容についての打ち合わせを始める。店主はそれを確認すると蒐集図鑑を持ったまま倉庫へと戻っていく。
【よろず堂(仮)】の一階は半分が店舗四分の一が従業員の休憩スペース兼応接間、そして残りの四分の一が倉庫になっている。図面で見るとさほど広くはないスペースだが、実際は空間拡張系の魔道具を設置しているため倉庫内が物で溢れかえることはない。今は表の店で買い取ったリサイクル品などが保管されていて、こちらは店舗の商品を管理しているシファが店舗の商品が減ってくると魔法で新品同様にリペアして店舗に補充している。
また、この倉庫は裏口があるため大口の荷物の搬入搬出はそちらを利用することになる。
店主は裏口付近まで移動すると蒐集図鑑を手に取り、メイラがウェインの世界から購入してきた生地が登録されているページを開くとそのページに右手を置く。
「今日はもう店も閉めたし、夕食当番はシファだから……棚二つ分くらいは大丈夫かな」
店主のその言葉に反応したかのように蒐集図鑑が淡く光り始めると、棚の中に筒状にまとめられた生地が次々と生成されていく。
「うん、やっぱり特殊な効果や魔法的要素が無い物はコストが軽い。これなら」
店主は次々と生地を生成し続けると三つ目の棚が埋まる手前ぐらいで作業をやめて蒐集図鑑を消すと大きく息を吐きだした。
「とりあえず、今日はここまでか」
店主が持つ『蒐集図鑑』スキルは、スキルにしては珍しく他者への譲渡が可能なスキルだが、このスキルを十全に使いこなすには魔力が必要なスキルである。物の登録自体は誰でも可能、しかし登録した物を複製するためには複製する物の特性やサイズなどに見合った魔力がスキル所有者になければならない。しかも複製にはライター程度の物でも中級魔法一発分くらいの魔力が必要だ。
「トモさん、契約まとまりましたので確認をお願いします」
「はい、今行きます」
タイミングよくかかったシファからの呼び出しに応えて部屋へと戻ると、テーブルの上に置かれた契約書を前に宇覚がお茶を飲んでいた。
「お疲れ様、トモさん。契約は従前の値段通りなので、納品は五百巻ですね」
「ありがとうシファ」
シファから報告を受けた店主は宇覚の対面に座ると契約を手に取り、納品の期限と契約者の記名欄が空欄になっているのを確認。
「宇覚さん、今ちょっと確認してきたんですがやはりこの数を揃えるのに一週間ほどかかりそうです。なので期限はやはり七日後で、受け渡しはいつも通り裏の搬入口でよろしいですか」
「勿論です。まだ公にはなっていませんが、来月末あたりに東欧の紛争地域へ人道支援のために自衛隊を派遣する計画があります。できればそれまでにと思っていましたのでたった一週間でご準備頂けるのは助かります」
宇覚はお茶の入ったカップをテーブルに置くと深々と頭を下げる。
「いえ、こちらも売り上げに貢献していただいてますから」
生真面目な宇覚の様子に微笑みを浮かべながら店主は期限の欄に七日後の日付を入れ、契約者欄に自分の名前をサインしてから、宇覚の前に向きを変えて置く。
この契約書は一般で使用しているものとは違って、異世界産の契約用紙だが契約内容を強制するようなものではなく守秘義務を強化する能力が付与されたものである。かといって秘密を漏らせば罰が下るというようなものではなく、契約者自身が話すと決めた相手以外には契約内容の話が認識されなくなる、つまり店主と宇覚が街中で堂々とこの契約の話をしていたとしても周囲の人間はその内容がどんな話なのかが分からないという便利な契約書である。
契約を終えるとまだ残している仕事があって職場に戻るという宇覚を店主たちが見送る。
「一尉ともなると忙しいですね。健康には注意してください」
「ありがとうございます。健康状態には気を付けていますので大丈夫です。いざというときには、以前いただいたポーションがまだありますから」
「そうですか。でもあまり頼り過ぎないようにしてくださいね」
「寺捻時さん、そのポーションで足りなければもっといいやつをお安くお譲りしますから」
宇覚の体を心配する店主の後ろからシファが顔を出して営業スマイルを浮かべる。
「これはこれは相変わらず商売上手ですね」
「これからも【よろず堂(仮)】をごひいきにお願いします」
「はは、勿論です。では大道さん、また」
シファの営業スマイルに丁寧にお辞儀を返した宇覚は苦笑している店主に軽く会釈をする。
「はい、お気をつけて」
【よろず堂(仮)】の面々と別れた宇覚はあまねく商店街を徒歩で抜けると道路に停めてあった黒塗りの車、その後部座席へと乗り込む。車内にピシッとしたスーツ姿で運転席に待機していたのは二十代前半と思われる若い女性。その女性が顔だけを後ろに向ける。切れ長の目は怜悧な印象を受けるが、整った顔立ちは間違いなく美人に分類されるだろう。
「お疲れ様です局長。その様子だとうまくいったみたいですね」
「ふ、もともと彼らとの交渉に不安などないよ。むしろあれだけの素材をあの程度の値段で卸してくれることには感謝しかない」
「局長のお力によるものでは?」
切れ長の目をやや下げた運転席の女性はからかうように少しだけ口角を上げる。
「私の力などないよ。祖父同士のコネであの店に伝手があったおかげで、こんな分不相応な役職にいるだけだ」
「そんなことありません。局長がいなければ異能国防省は名ばかりで形骸化した組織になっていました。これからもあの無能な大臣をうまくコントロールして日本を守ってもらわなくては」
さっきとは打って変わって本気の視線を向けてくる女性に宇覚は小さく吐息を漏らす。
「わかっているよ。私がさぼればそれだけこの国の危険が増す。それは同時に君たちの危険が増すということだからね」
「はい。頼りにしています」
「ああ、私も頼りにしているよ沢松三尉。それでは庁舎に戻る、運転を頼む」
「了解しました!」
宇覚の言葉に嬉しそうに微笑んだ沢松はピシッとした敬礼をするとハンドルを握りゆっくりとアクセルを踏みこんだ。
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ここまで読んでいただきありがとうございました。
ストックが切れたので連続投稿はここまでになります。
二人目のお客様の話がある程度書けたらまた投稿したいと思います。
まかり間違ってPVやランキングが上がるようなことがあれば頑張るかもです。
こちら転移魔法陣前【よろず堂(仮)】~迷い込んだあなたに小さな幸せを~ 伏(龍) @fukuryu
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