第3話 願いを叶えるのは奇跡とは言わない

「ねえ、茉優まひろ。何かやりたいことはない?」


 残り少ない茉優の人生の時間を少しでもいいものにしたいと思った。

 たとえ、ゾンビになって殺されたとしても、天国で茉優が楽しいこともあったよねと少しでも慰められるような思い出を作りたいとおもったのだ。


「……」


 だけれど、茉優は返事をしない。

 当然だ。こんな時に聞かれても、そんな気分にはなれないだろう。

 俺がやっていることは、せいぜい、無実の死刑囚に最後に食べたいものはなにかと確認しているようなものなのだから。しかも、聞いたからと言ってなんでもリクエストにこたえられるわけではない。スーパーから似たようなものを買ってくる程度の融通しかきかない、叶えられないのだから。


 だけれど、茉優が返事の代わりに俺にキスをした。

 キスをされた俺はそのままベッドに倒れこむ。

 俺に馬乗りになって、茉優はいったのだ。


「一つになりたいです」


 真剣な目をしていた。

 どうして、茉優が死なないといけないのだろう。

 こんな綺麗でまっすぐな瞳をした彼女が。何も間違わず真面目に生きてきたのに。どうして、もうすぐゾンビになってしまうのだろう。

 俺は胸くるしくてかきむしりたい気分なのを必死に抑えて、茉優にキスを返した。


 それは小さなころにしたほっぺへの軽いキスと違い、お互いの一部を求めあうようなな濃厚なキスだった。

 体がこんなに熱を帯びているなんてしらなかった。

 熱くてやわらかくて、どこが自分でどこからが相手か分からなくなる。

 茉優のことで頭がいっぱいになる。

「わたし、このこと絶対わすれない」

 そう、茉優がつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。

 でも、何かいうことはできない。なにを言っても茉優の死につながってしまうみたいに聞こえそうだから。


「では、お嬢様。次の望みは?」


 おどけで聞いてみた。

 指はピースするみたいに二本たててある。

 三つの願いを叶える魔人のつもりだった。


「じゃあ、私をこんな運命にしたやつに復讐したい」


 ちょっと意外な答えだった。

 茉優はすごく優しいし、残りの時間もわずかだ。

 だからこんなことに時間を割きたいと思わないのかと思っていた。たとえ、どんなに相手が憎かったとしても。

 だけれど、茉優の言い分はこうだった。

 自分がこれを見逃せば、自分と同じ目にあうほかの被害者がでてきてしまう。

 そんな正義感の強い理由。

 やっぱり、茉優だ。

 俺にとって一番愛しくて大切な人間。


「警察に行こう」


 茉優はそういった。でも、その方法で願いを叶えるのは嫌だった。

 なぜほかの被害者がその方法をとらないかはわかりきっている。

 人生の最後を大切な人と迎えることができないから。

 収容されてゾンビになって終わりだ。


 俺は茉優の体から採取したものと、茉優がとっていた動画を警察に送った。


 茉優は少し不満げだったが、俺は三つ目の願いを聞く。

 これが本当に本当の最後の願いになってしまうと思うと指が震えた。そして、俺はたまらなくなって茉優を抱きしめた。そのぬくもりを少しでも感じ、忘れないように。

 でも、もっと怖い思いをしたのは茉優だった。

 茉優はぽろぽろ涙を流しながら、


「もっと、生きたいよぉ。ずっとずっと、りっくんと一緒にいたかった。りっくんと一緒に人生を歩きたかった」


 そう言った。

 二人で涙を流す。

 そして、俺たちは手をつないだまま散歩にでかけた。

 どれだけの時が流れたのだろうか。

 ネオンから無数の星と月の世界。

 夜の空気はつんと冷たくて、涙がでているのはそのせいだと茉優といいわけしあった。

 二人きりの夜の散歩はまるで、世界に二人だけになったみたいだった。

 もし、世界で茉優と二人きりならゾンビになった茉優と生きられるのに。

 そんなことを言うと茉優は「もしも」の話をたくさんした。


 気が付くと、携帯のアラームが鳴っていた。

 朝、目を覚ますべき時間を知らせるアラームだった。


 俺と茉優は顔を合わせる。


 そして俺はおどけていったのだった。


「お嬢様、四つ目の願いは何にいたしましょう?」



 ※※※


 その後、少女のゾンビ化について研究は飛躍的に進んだ。

 その少女の願いを叶え心穏やかに死を迎える準備ができると死なないらしい。

 研究は進んでも、まだまだこの世界的な病は変わらなさそうだ。


 だけれど、俺は奇跡を手に入れたのだから、今度は茉優のためにどんな願いだってかなえ続けよう。



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大好きな幼馴染が処女じゃなくなった、ゾンビになる前に殺さなければいけない社会で生き残る方法 華川とうふ @hayakawa5

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