第2話 処女喪失
少女のゾンビ化が処女喪失者に限られるとわかってから、十六歳の誕生日の三日前に国から聞き取り調査が行われるようになった。
「
ウソ発見器までつけられる。
もちろん、そこで処女でないことが判明されれば収容施設に連れていかれる。
収容施設なんて名ばかりで、誕生日を迎えゾンビに変化したら射殺される。
だから、現在は町にほとんどゾンビはいない。
だからこの前、十六歳を迎えたアイドルが誕生日パーティー中にゾンビ化したのはめちゃくちゃニュースになった。そのままファンの一人(大金持ち)とマネージャーを噛み殺したという。
その電話がかかってきたのは夕食を食べ終えた後のことだった。
自室で茉優からの電話にでた。
茉優は塾帰りだろうと思っていた。
塾の帰り道、暗いから防犯もこめてこうやって俺と電話するのが俺と茉優のささやかなデートの時間でもあったから。
だけれど、今日は様子が違った。
消え入りそうな声が震えている。
「どうしたの? 体調でも悪い?」
俺はできるだけ明るい声色で尋ねた。
茉優は何も答えてくれない。
ただ、静かに息を殺そうとしている音だけが聞こえる。時折、泣きじゃくるのを無理やり止めようとして「ひっく、ひっく」と喉のあたりが痙攣する音が聞こえてきた。
「今、どこに行くのすぐに行くから」
俺がそういうと、茉優から写真が送られてきた。
それは、俺たちが小さいころからよく遊んでいた公園の写真だった。
『すぐにいく!』
そうメッセージを送った。
大丈夫。
あの公園は安全な場所だ。
街灯も明るいし、防犯カメラまで設置されている。
犯罪に巻き込まれる可能性はかなり低い場所だった。
走ったせいか、公園にたどり着くと息があがっていた。
茉優はブランコに一人で座っている。
小さい頃はあのブランコを高く漕げば雲だって捕まえられると思って、毎日茉優と競争したことを思い出す。
「
大好きで大切な幼馴染の名前を呼ぶ。
だけれど、彼女からは返事がなかった。
そっと、近づいても茉優はしたを向いたままだった。
「茉優、大丈夫か?」
俺が、茉優の肩に触れると、
茉優は俺の手を振り払った。
幼馴染として今までこんなこと一度もなかった。
そして、茉優の顔は涙でぐちゃぐちゃ になっていた。
「どういうことだよ?」
説明させるにはあまりにも残酷な事態が茉優には起こっていた。
茉優は乱暴されていた。
十六歳を迎えていない茉優が犯されたというのはつまり、彼女は誕生日を迎えた瞬間に
茉優はゾンビ管理局にそのことをこれから申告しにいくという。
おそらく、茉優はそのまま監獄のような場所に十六歳になるまでとらえられ、そのあとは射殺される。
あと、たった数日だったのに……。
茉優は泣きながら、告げる。
ゾンビ化するから俺との未来はないなんて。
茉優は何も悪いことなんてしていないのに。
「警察に行こう」
茉優は悲しそうに言った。
だしかに、ゾンビ対策と犯罪の取り締まりの場合、ゾンビ対策が優先される。
もし、茉優が警察に訴えても、十六歳以上の女性が被害にあった場合と異なり、警察はろくな捜査や証拠保全のために医師の診断を受けさせることなく、茉優を拘束または適当な理由をつけて射殺することを優先するだろう。
十六歳を目前にした少女を狙えば、警察に訴えられる可能性も承認もいなくなるという、人間の所業とは思えない残酷な犯罪だった。
こんな社会はおかしい……どうして善良な市民として生きていた茉優が犯されただけで人生のすべてを失わなければいけないのか。
しかも、犯した人間は捕まることなく人生を謳歌してまた同じ犯罪を繰り返すかもしれない。
まじめで、優しい茉優がどうしてこんな目に合わなければいけないのか。
悔しかった。
「逃げよう」
気が付くと俺はそう口にしていた。
逃げればいいんだ。
こんなおかしな世界から。
なにも悪いことなんてしていない茉優が殺されるのはおかしい。
ゾンビによる被害をなくすためなら、犯罪者が野放しにされるなんて矛盾している。
茉優は俺が何をいっているのか分からずに困惑した表情をする。
俺は茉優が何か言う前に茉優の手をつかんで歩き出した。
本当は走りだしたかった。
だけれど、二人で手をつないで走るのは目立つだろう。
できるだけ、目立たないよう速足で歩いた。
向かったさきはラブホ街だった。
そこで、一番地味で安そうな宿を探す。
自分たちはいくことがないと思っていた場所だった。
ただ、噂ではチェックが緩く高校生でも入れるお店がホテル街の一番はずれにあるらしい。そこはひどく地味だけれど、看板だけは紫色でそして値段も飛び切り安い。
そんな存在するかも分からない噂だけのラブホテルを探す。
誰かに見られていないか緊張した状態だったが、俺は必死に冷静を装って茉優の手を引いた。
部屋に入ると、俺はまず茉優の身体をティッシュで拭った。
本当は一秒でも早くシャワーを浴びさせてあげたかった。
だけれど、証拠を残しておきたかった。
茉優のパンツを脱がせて、ティッシュなどでできる限り拭う。
一通り拭い終わったら、茉優の身に着けていた下着や拭うのに使ったティッシュをビニール袋にいれた。
「シャワー浴びておいで」
一通りの作業が終わったので俺は茉優に促す。
本当はもっといろいろしてあげたかった。
茉優が一番傷ついているはずだから。
だけれど、そうしてあげる時間の余裕はなかった。
もうすぐ茉優はゾンビになってしまう。
奇跡が起きてゾンビにならなければいいというのが本音だ。
茉優は服を脱いでから不安そうに口にする。
そこまでは考えが回っていなかった。
確かここに来るまでにコンビニの看板を見かけた気がする。
コンビニで下着とか、多分男モノになるけれどTシャツを買ってくることを提案すると茉優は嬉しそうに頷いた。
フロントに声をかけて俺はすぐ近くのコンビニに向かう。
ボクサーパンツとTシャツは売り切れていたのでワイシャツを買った。
「ねえ、見て。彼シャツワンピってやつかも?」
まひろはふざけて微笑む。
そして一瞬の後、その微笑みは崩れ、涙の雨が降った。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろ……いやだよ、怖い。それに彼シャツワンピだって大人になってスーツを着たりっ君のシャツが良かった」
まひろは泣く。我慢強い子供のように必死に声を殺すけれど嗚咽が漏れる。
警察に訴えられないし、証人もいなくなるとして、十六歳を直前にした少女を狙う。
卑劣であり、あまりにも現実離れしすぎていて多くの人と同様都市伝説だと思っていた。
やっていることは殺人だ。
その人の人生を奪うのだから。
ただ、そいつの見えないところでその女の子の人生は終わりを告げる。
ゾンビ化という人間の人生の終わりか、ゾンビ化と同時に処分されるか。
どちらにしても、少女の人生は失われてしまう。
これから、あるはずだった楽しい学生生活も、恋人と過ごす時間も、結婚して子供を生むことも。
すべて、全て奪われてしまう。
でも、俺もまひろも無力だった。
何かを変えることもできない。
金も経験もない学生にできることはあまりにも限られている。
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