第35話 前ぶれ
「恵ちゃんの推測通りかな」
平田は里での検証の途中経過を番場に直接報告していた。
大場、出雲の他に彩、一刀、恵も召集されている。
しわだらけの白衣を平田は着ていた。ぼさぼさになった髪、無精ひげが伸びている。シャワーすら浴びていないのだろうか、紳士然とした普段の姿からはかけ離れた見た目である。
「観音像の中には何かが収められていたとみるべきだろう」
「何か仕掛けられていた?」
「調査名目で阿吽像と残っていた台座は回収させてもらっている」
住人を説得するのには骨が折れた。最終的には彩が説き伏せてくれたのである。
「阿吽像にも何か仕掛けられているのか?」
「頭部に何らかの装置がセットされていたよ」
「機械が? それが作動していた?」
「目の部分から何かが照射されていたとみるべきだろう。像の眼の部分が変色していたよ」
「目からビーム?」
恵がつぶやく。
「ロボットかよ」一刀が突っ込んだ。
「そんなところかもしれないな。もっとも全身が動くというわけではない。両側の阿吽像それぞれから観音像に向かって照射されたんじゃないかな」
「阿吽像が観音像を破壊した? 何のために? もしかして証拠隠滅?」
「彩さんと里の者しか知らない社だぞ。それはあり得ない。放っておいても朽ち果てそうな場所だった」
「そうだね」平田は、大場に同意する。「破壊ではなく観音像の中に納められていたものを活性化させるための阿吽像だったんじゃないかな」
「もしかして、何かが観音像という殻を破って生まれた?」
「その線が強いな」
「阿吽像は、時限式で動き出した?」
「誰が何のために?」出雲は一刀に突っ込む。
「天地仁左しかありえない。彩さんは何か知らないのですか?」
「存じ上げません」
申し訳なさそうに彼女は首を横に振る。
「龍の力の消失に端を発しているのは確かだが……」
番場は腕組みし、背もたれに身を預け天井を見る。
「あの里で天地仁左が何を研究し、何を完成させていたかだ」
「地さんは『待ち人来たらず』とか言っていたよね?」恵は一刀を見る。
「像の中に待ち人が入っていたっていうのか?」
「そうじゃなくて待ち人が来ないと分かったから、観音像の中から代わりのものが誕生したのかも」
「秘宝の本命は里にあったとみるべきか?」
「刀がすり替えられたのも同じ日だったのかな」
大場は疑問を口にする。
「それはないよ大場さん。トーヤの持っていたのが、絶対に剣山虎月だ」
一刀はそう確信していた。
「ならば観音像と刀の件は関連性が薄いが、トーヤがその当屋家の縁者であることは間違いなさそうだな」
「その件に関しては」大場が片手を上げて報告を始める。「当屋家の戸籍を洗ってみましたが、先々代の子が村を出ていることが分かっています」
大場の追跡調査では若葉市にその人物の孫がいたことまでは追うことが出来た。
「そいつがトーヤ」
「年齢的にみると合っていそうな気がするが、その後、養子に出されて以降の足取りがつかめないんだ」
「なら決まりじゃないか」
「そう簡単に断定出来るものではないが、追跡調査は続けるよ」
「それで平田さん、観音像の中には何が入っていたのでしょう?」
「分析中」平田は頭をかきむしる。難航しているのだろう。「推測でしか言えないのが情けないよ」
「平田さんで無理というなら、我々にはもっと困難極まりない」
番場は平田を信頼しているのだろう。ねぎらいの言葉を口にする。
「私見になるが」平田は言葉を区切る。「原初の細胞が収められていたのではと考えてしまうんだ」
「アメーバとか不定形な細胞の集まりですか?」
番場は訊ねる。
「私は人が入っていたんじゃないかと思った」
「なんでそんな考えになるんだよ」恵の言葉に一刀が突っ込む。
「子供が入っていしてもおかしくない大きさだし、地さんの話とか聞いていたから、そんなことを考えちゃう」
「その発想に呆れるよ」一刀は言う。
「社の床を光学機器などを使って調べてみたんだが、何かが這いずっていたような跡があるんだよ」
「まさか」
「特殊な測定器を使って追跡を試みたが、森の途中で途切れたんだ」
「ナメクジとかそんな奴だったりしてな」
「やめてよ一刀クン、想像しちゃったじゃない」
「それだったら、あの格子戸を抜けていったという説明にもなりますね」
「FBトリガーなら興味を示しそうな奴じゃありませんか?」
「改造人間だもんなぁ」インパクトありすぎだと一刀は思う。
「恵ちゃんが感じたという匂い。あのあと何度も調べてみたが大気中からは何も検出されていない。その細胞の残り香だったのかもしれない」
「じゃあ、砂みたいなものは、もしかして」
「いや、あれは観音像とその中に収納されていたガラス製のものが粉々になったものだったよ」
社内に残されていたものを調べた結果だった。もちろん周辺の植物や土も採取し分析している。
「憶測だが、阿吽像から照射された何かによって、観音像内部のものが目覚め活性化。それが観音像を粉砕して外に出る。そして姿をくらました」
そんなところではないかと平田は簡潔に説明する。
「乱暴なトリック解説だ」一刀がぼやく。
「私は科学者であって、探偵ではないよ」
「猟奇事件が起きなかっただけましだと思え」出雲は苦笑する。
「それがまだ里に居る可能性は?」
「なさそうだな。山中に潜んでいる可能性はあるだろうが、探しようがない」
「それが何かも分かっていなんじゃ難しいな」
「とりあえず阿吽像を解体して、中にある装置を調べてみる。こちらの方ももう少し時間が欲しい」
平田は申し訳なさそうに頭を下げる。
歌もまだ解明は進んでいない。
最後は今後の方向を決めただけで解散となった。
恵は一刀、彩とともにJESの建物の外に出る。
一刀と恵は制服姿のままだった。放課後をここで過ごすことが多くなってきている。この三人で帰るのも日常化していた。
目の前の通りでは夕方の渋滞が始まろうとしていた。
「なんでいつもバアさんまで制服なんだよ」
「この三人でしたら問題ございませんでしょう? それに普段着は巫女服ですから、その姿のまま来ていたら違和感がありすぎます」
「巫女服が正装なのは分かるが、普段着だって持っているんだろうが」
「ご近所付き合いも楽になりました。完江殿の孫だと思ってもらえているようです。それにこういうシチュエーションは少し憧れておりました」
「齢を考えろ」
「いいじゃない。幾つになってもトキメキやドキドキワクワクは大切だよ」
「お前らだけでやってくれ、オレを巻き込むな」
「そうしましょう。あとは本当に学校に通うだけですね。私はいつでも放課後ショッピングも買い食いもOKです」
「ありがとうございます」
「恵は本当にお気楽だな」
「そうかなぁ」
「オレはどうにもスッキリしねぇや」
「そうなんだぁ。トイレなら近くに公園があるよ」
商店街の裏手の公園を指さす恵。
「ちっげーよ! 何でそうなるかなぁ……」一刀は真顔で言われ頭を抱える。「お前は空気読め」
「私がなんで一刀クンのお嫁さん? それに空気って?」
「その嫁じゃねぇ!」
「空気じゃなくて、食う気? 私、意地汚いの? それとも肉食系ってこと?」
ツボに入ったのか、彩は声を出し笑いだす。
「それが恵さんのいいところでもありますよね」彩は笑いすぎて涙目になっていた。「一刀さんもあまり考えすぎずに行きましょう。度を超すとストレスになりますから」
「息抜きにもなりやしねぇ。気力が萎える」
「私は可愛いと思いますよ」
「わあい。彩さんに褒められた♪」
「褒めてねえと思うぞ……」
「一刀さんは、今、周囲で様々なことが起きているのに、問題は解決には至らず謎が増えてしまい問題が山積されていくことを嘆かれているのですよ」
「解説ありがとよ」
「そうかな。天地仁左さんのことも分かって来たし、名刀の名前も分かったよ」
「それぐらいだろう。減りもしない。増えていく一方だ。全然通りがよくならねぇ」
「一刀クン、それって、べ」
「便秘じゃねぇぞ」
食い気味に突っ込む一刀だった。
「本当にお二人は見ていて飽きませんね。仲が良い」
「どこ見てそうなるんだよ」
恵も一刀の言葉に頷く。
「それよりも、歌鳥の歌詞で何か思い当たることないのかよ?」
「先ほどの恵さんの言葉の解釈違いを聞いていて思い当たることがひとつありました」
「何だ?」
「鋼の岩です。鉄鉱石のことを言っているかと思っていましたが、素直に山の名前を思い浮かべれば良かったのではと」
「場所は?」
「岩鋼山です」
「あそこに屏風ヶ岩っていう名所があったような?」
「それに天地様の伝説があそこにもあります」
「どんなんだよ?」
「山腹に秘密の城を作ったというお話ですよ」
「行ったことねぇし、そんな話初耳だ」
「私も。でも天文仲間から聞いたけれど、山頂まで登るならガッツリ装備が必要って言われたことがあるよ」
岩鋼山は県北部にある山で県境近くにそびえ立つ。由喜多富士とも呼ばれ、標高は千八百五十三メートルと県内でも二番目の高さを誇る。ロッククライミングの聖地とも言われている山だった。
「ちょっと待て、あの詩編って、双子が眠るとか言ってなかったか?」
「うん。そう歌っているよ一刀クン」
スマホで歌詞を表示しながら恵は頷く。
「六柱が一気に二人も出てくるのかぁ?」
『地』があれだけのことを仕掛けてきたのである。「何が待ち受けているんだ……」
「可能性は非常に高そうですね。どうします? 止めますか?」
「面倒くせぇが、行かないとは言ってねぇぞ」
「遠いよね」恵はスマホで岩鋼山までのルートを検索する。「若葉本線からバスに乗り換えて行程になるよ。でも距離はあるけれど、海嶺村に行くよりは時間がかからないみたい」
「一応、観光スポットだからな」
「では今度の週末も地下鉄駅に集合でしょうか」
「三人で行くのが前提かよ」
「僕が車を出すよ」
「大場さん!」
いつの間にか彼らの後ろには大場が立っていた。
「抜け駆けは無しだ」
大場は一刀の肩を叩く。
こうして、週末の土曜日は四人でドライブとトレッキングが決まったのである。
「出雲君を借りたいんだが、いいかな」
執務室に入るなり平田は番場に声を掛ける。
「どうしたんですか?」
髪を整え、髭を剃り、下ろし立てのスーツを着ている。
「先日話をした早田健三と連絡がつかない」
他の知人を当ったり、家族とも連絡を取ってみたが、行方が知れないという。
「事件性がありそうですか?」
「その可能性も高いと思う。健三の家と会社を当ってみようと思う」
「それで出雲をご使命ですか」
「何かあった時のための用心もある」
「了解しました。気を付けてください」
番場は執務室に出雲を呼ぶ。
JESを出ると二人は早田健三の勤めている会社を訪れコンタクトを試みようとしたが、会社は辞めたという話をされてしまう。
その後、彼のマンションにも立ち寄るが、部屋に戻った形跡はなかった。
しかも長期間にわたって。
出雲は管理人を呼び、鍵を開けてもらう。
彼のマンションは室内が物色された形跡があったが、手掛かりとなるものは見つからない。
平田はJESに早田健三の捜索を依頼するのだった。
飛龍の刻 無海シロー @Mukai-Siroo
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