第34話 ソングバード


  鳥の歌う古の歌を聞け

  遥か彼方へと続く道をたどれ

  光の石をかざせ 剣を振るえ

  時の扉が開く時 天は輝かん



 歌鳥は実験台の上に置かれた台座に乗っていた。

 一刀はゆっくりと霧双霞を鞘から抜く。

「傷つけるなよ」

 出雲は腕組みし、ニヤニヤ笑みを浮かべながら一刀を見ている。

 里での捜査と調査があったため、JESでの歌鳥の実験は翌日になった。実験室には平田をはじめ番場と大場もいる。もちろん彩と恵もその場にいた。

「そんなの百も承知二百も合点だ」

 刃を返し、返りの部分で軽く触れようとする。

「そっとだよ」拳を握りしめながら恵は何度も言う。

 なにせ偽物とはいえ鋼の刀身を真っ二つにしたのである。木彫りの鳥ならば紙のように切れてしまうかもしれない。

「うるせえな。気が散るから、何度も同じこと言うな」

 背中の部分にかぶせるように慎重に触れた。

「そのまま触れていてください」

 彩は歌鳥に顔を近づけ覗き込む。

「どうですか?」平田が訊ねる。

 彩は人差し指で歌鳥の頭を撫でるように触れた。

 鳥のさえずる音が数秒間、聞こえてくる。

「本当に鳴いた!」

 鳥の鳴き声に誰もが驚き感嘆の声を上げる。

 少しの間があり、歌鳥は唐突に歌いだすのだった。

 澄んだ女性の歌唱が室内に響き渡る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、まだ録音準備していなかったのに!」平田は慌てる。「もう一度、もう一度お願いします」

「歌詞なら一応覚えていますが?」

「鳥の歌う古の歌を聞け、だったかな」

「剣を振るえとか言っていましたね」

「良い歌声でしたよね」

「君らの耳と記憶がいいのは分かった。だがな、歌詞だけじゃない。声紋や音域など調べたいことはたくさんあるんだ」

「監視カメラは回ってないんですか?」

「あれは映像だけだ。音までは捉えていないからな」

「カメラに何を求めている。そこまで万能じゃないぞ」

「彩さんも始めるなら始めると言ってください」

「すいません。目の色が変化したようなのでつい嬉しくなり触れてしまいました」

 屈託のない笑みにもみえる。

「変化していましたか?」

 誰も気付いてはいなかった。

「薄っすらとしたものですよ」彩はさらりと言うのだった。

「おい」平田は助手たちに指示する。「光学機器もすべて動員しろ。歌鳥の些細な変化も見逃すなよ」

「たぶんチャージできていないのでしょう。本来の歌鳥は瞳の色が変化し、動いたとさえされています」

「動いたんですか?」

「そう伺っています」真偽の程は彩にも分からないという。「もしかすると歌鳥体内のバッテリーは使い捨てだったのかもしれません」

「一発芸だったのかよ」一刀はぼやく。「オレはこのままか?」

「そうですね。霧双霞が触れていないと動かないでしょう」

「置いたままとか、誰かに変わってもらうとかできないのかよ」

「お前さんじゃないと、何らかのエネルギーは検出されていないからな。一刀がやるしかないだろう」

「一刀クン、ガンバ」

 恵は拳を握りしめ一刀を応援する。

「彩さん、どうやって動かしたのですか?」

「ただ頭に触れるだけ大丈夫です」彩は事も無げに言う。

「誰にでもできるのですか?」

 集音パラボラを歌鳥の前に準備しつつ平田は訊ねると、彩は頷く。

「そうでなければ、贈った意味がありません」

「よし、準備完了だ」

 音をたてるなと平田は指示する。

 彩が歌鳥に触れる。

 さえずりが二度続き。三度目に歌い始める。

 それは最初のものとは違う歌だった。

「なんてこったい」平田は頭を抱える。「最初から歌わせることはできないんですか?」

「そういう機能があるとは聞いていません」

「どれだけの歌が歌鳥には蓄積されているんだ?」

「それも分かりません。続けてみるしかないでしょうね」

「嘘だろう……ひとつじゃないのかよ……面倒くせぇな」ため息をつく一刀。「この体勢も疲れるんだけど……」


  鋼の岩取りいだしたる山の奥

  屏風ヶ岩のその陰に双子は眠る

  踊れ舞え彼らとともに


「なんか百人一首の読み手みたいな歌い方だね」

「短歌や俳句みたいに短いのもあるよ」

「これって順番に歌われているのでしょうか?」

「操作方法は至ってシンプルです。ただ歌が流れてくるのみです」

「ランダムだったりしてな」

 出雲が皮肉たっぷりに笑う。

「私も、今の二編は初めて聞きます」

 彩も微笑むだけだった。

 結局、一刀は丸一日実験に付き合わされることになる。

 それだけで日曜日が終わってしまうのだった。

「勘弁してくれ……」


「声紋をチェックした限りでは、同一人物の声であると思われる」

 平田は番場に告げる。

 二人は番場の執務室で話をしていた。

「当時の女性の歌声が生で残っていたということになりますね」

「どうだろうな。合成の音声技術かもしれない」

「現在では当り前の技術ですが、鎌倉時代ですよ」

 番場は呆れる。

 歌鳥の歌は十五編に渡っていた。俳句のような短文から短歌や漢詩のようなものまで多岐にわたる。時間的には三十分にも満たないが。

 これ以上歌は収録されていないだろうと判断し、平田は実験を終了させた。

 同じ歌が続くことはなかったが、何度か繰り返された歌もある。曲順はランダムだったと思われる。

 意味が取れるように並べるためにコンピューター解析が始まっている。

「解析結果が出るのは明日の朝くらいかな」

 平田は番場に言う。

 番場の執務室にあるソファに座ると、ぐったりとして、頭を抱えている。

「ずいぶんかかりますね」

「個別にも意味が取れそうな歌詞もあるが、上の句下の句といった並びで整理できるのかもしれない。それとも連歌のように連なって意味を成す歌なのか、どうにも分からん」

 歌詞をプリントアウトした紙を振り回す。

「簡単にはいきそうにないということですか」

「すぐに分かるものだとしたら、当時、あれを聞いた人間が何らかの発見をしているはずだからな」

「なんか回りくどいですよね」

「殿様への献上品だと言うが、なんでそんなものを贈ったのかすら分からん」

「彩さんは、ちょっとした悪戯心かもしれないと言っていましたね。解かせる気のない謎を贈ったのではと」

「あれだけ精巧な品だ。美術品としても一級のものだが……」珍しく頭をかきむしる平田。「ああ、分解してみたい」

「元に戻せる自信かあるのならどうぞ」

 番場は笑みを浮かべながら平田に言う。

「分解できるような代物じゃないし、まったくのオーバーテクノロジーだ」

「天才平田をもってしても謎ですか」

「私にはな。もっとも、それらしきものを考えていた人物はいるな」

 思い出したように彼は呟いた。

「誰ですか?」

「早田健三。私の大学時代の同期で、本物の天才がいるとしたら彼のことを指すのだと思ったくらいだよ」

「平田さんが言うのですからよほどの人物ですね」

「JESに引き抜きたかったよ」

「ぜひ、お願いしたいですね」

「今の会社がいいんだとさ。よほど待遇がいいのかね」

 お手上げとばかりに手を広げる。

「それは残念です」

「医療だけじゃない。他の分野にも精通している」平田は何かを思いついたようだ。「そうだ。健三に情報を流してもいいだろうか?」

「協力を得られるのなら、かまいませんが、外部の方となると慎重にお願いします」

「気を付けるよ。あいつなら薬の件にも興味を示すだろうし、解明してくれるかもしれないしな」

「その方が犯罪組織に狙われないように。さらには情報が悪用されないように、お願いします」

「了解した」

 平田は勢い良く立ち上がると執務室を後にする。

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