みんなで歩む、その道を

「ヒヒーーンッ!!」


「どわああっ!? なんなんだぁっ!?」


 甲高いいななきと大いに驚いた男性の声が戦場に響く。

 その声に反応して顔を上げたシェパードとゴメスの頭上に黒い影が舞ったかと思えば、二人のすぐ近くにその影よりも黒い大きな馬が着地したではないか。


「なっ、なんだ、この馬は? いったい、どこから……?」


「うおぉぉ……っ! な、何が起きた……? ここはどこだ……?」


 突然の黒馬の登場にシェパードが驚く一方、その馬と一緒に現れた男性……ジンバもまた、状況が理解できずに困惑しているようだ。

 地面に尻もちをついていた彼は周囲で戦いが起きていることと、そう遠くない位置に巨大な魔鎧獣がいることに気付き、素っ頓狂な叫びを上げる。


「げええっ!? 本当に何が起きてやがる!? 俺はただ、ユーゴに頼まれてこいつの面倒を見てただけだぞ!?」


「ユーゴ……? おじさん、ユーゴのことを知ってるの!?」


「うん? な、なんだぁ……? お嬢ちゃんは、いったい……?」


 未だに状況が理解できないでいるジンバは、ユーゴの名前に反応したエレナからそんな質問を投げかけられてさらに困惑を深めた。

 そんな中、状況を理解したカルロスが一同へと言う。


「なるほど、そこの黒い馬はユーゴと深い絆で結ばれているな? ユーゴたちのために力を貸してほしいという呼びかけが、遠い距離を超えてその馬に届き、召喚に応じたというわけか」


「そうなんだ! じゃあ、あなたはユーゴのお友達なのね!」


「バフッ……!」


 キラキラと目を輝かせながらそう質問してきたエレナに答えるように、彼女に召喚されたスカルが鳴く。

 そうした後、ゴメスへと視線を向けた彼は、数歩歩み寄ると共に首を振って背中へと視線を向けた。


「……俺に乗れって言ってくれてるのか?」


「ヒヒンッ!!」


「ありがとうよ。ちょうど、脚が欲しかったところなんだ」


 スカルへと感謝を告げながら、ゴメスが彼に跨る。

 銛を構え、一人と一頭が討つべき敵を見据える中……シェパードが口を開いた。


「ゴメスさん、道は我々が切り開きます。あなたは、クラーケンを仕留める一発に集中してください」


「ああ……任せた」


「……あなたも、急にこんなことに巻き込んで申し訳ありません。このまま避難していただいても――」


「気にすんな、俺も警備隊さ。それに、ユーゴの知り合いとあっちゃ、手を貸さねえわけにもいかねえ。どうせあいつもどっかで戦ってるんだろ? これも何かの縁だ、手を貸させてもらうぜ」


 スカルに跨ったゴメスを中心に、警備隊員たちが周囲を固める。

 クラーケンが再び襲い掛かる中、その動きを止めるために彼らは一斉に攻撃を仕掛けていった。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 荒れ狂う十本の触手たち。それを警備隊員たちが、島民たちが、必死になって止める。

 シェパードが根元から一本の触手を断ち、ジンバが魔力で延長した剣で地面に触手を串刺しにする中、駆け出したスカルは一瞬の隙を突いて天高くへと舞い上がった。


「ゴメスさん! お願いしますっ!!」


「今だっ! ゴメスさーんっ!!」


「まったく……どいつもこいつも、こんな老いぼれに何を期待してるんだか」


 クラーケンの真正面、その全高よりも高く跳躍したスカルに跨りながら、ゴメスは皮肉気味に呟いた。

 彼の視線の先ではクラーケンが迎撃用の墨を噴射するために魔力を溜め、今にもこちらへとそれを繰り出そうとしている。


「こんな爺、それも犯罪者にここまで期待しやがって……そんなふうに応援されたら、応えてやらなくちゃならねえだろうが。そうだよな、ユーゴ?」


 引退しても、年老いても、犯罪者になったとしても、島の人々が自分に向ける眼差しは変わらない。

 どんなピンチもひっくり返し、自分たちの未来を切り開いてくれるヒーロー……どこまでも真っすぐに、彼らは信頼の眼差しを向け続けている。


 その眼差しが、想いが、クリアプレートなど比べ物にならないくらいに強い力をゴメスに与えていた。

 人々の期待と声援に応える……ヒーローとして当然のその想いを胸に燃やしたゴメスは、自分を超えるヒーローであるユーゴにそう語りかけながら銛を構えた。


「おい、さっきから邪魔なんだよ。てめえが塞いでるその道はな、俺の孫娘や子供たち、この島の全員が進む、未来につながる道なんだ。だからよ――」


 自分たちに向けて発射された墨など、何の問題もなかった。

 銛を構え、炎を纏ったスカルと共に落下していくゴメスは、自分たちを迎撃するクラーケンに向けて大声で吠える。


「とっととそこを退け! 俺たちの邪魔をすんじゃねえっ!!」


「!?!?!?」


 炎の槍と化したゴメスとスカルが、墨の濁流を蒸発させながら突き進む。

 守るべき者たちの想いを背負い、彼らに背を押されながら走る一人と一頭の進みを止められなかったクラーケンの体には大穴が空き、瞬く間にその体は炎に包まれて爆発四散した。


 ゴメスはクラーケンの巨体の陰に隠れていた魔道具を突き刺し、そのまま上空高くへと放り投げる。

 ややあって、天高く舞い上がった魔道具は魔力のオーバーロードによって爆発し、衝撃が走った。


「……これで、少しは罪滅ぼしができたかな。あの子たちにも、借りを返せただろうか」


 結界を生み出す魔道具の破壊を確認したゴメスが、スカルから降りると共に力を使い果たし、その場に崩れ落ちる。

 しかし、その体をシェパードとエレナが支え、感謝の言葉を伝えていった。


「やりましたね、ゴメスさん! やっぱり、あなたは私たちのヒーローだ!」


「本当にありがとう! ゴメスさん!」


「……へっ、馬鹿言うな。俺は大したことしてねえよ」


 自分を支える者たちに、周囲を囲んで拍手する人々に、小さく笑ったゴメスが言う。

 顔を上げた彼は、自分を見つめる人々をゆっくりと見回してから、こう言葉を続けた。


「俺だけが特別じゃあない。この場にいる全員が、本当のヒーローさ」



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