最後の切り札に選ばれし者
「……よぉ、コンダクター。随分と泡食ってるじゃねえか。この展開は、お前の脚本には書いてなかったのか?」
「ゆ、ユーゴ・クレイ……! 貴様、いったい何をした!? どうして【Word】の能力に縛られない!?」
「さあ、どうしてだろうな? 自分の胸に聞いてみろよ。全てを支配するコンダクターなんだろ、お前は!」
「ぐぅぅぅっ!!」
痛烈な皮肉を浴びたアビスが悔しさと屈辱に満ちた声を漏らす。
何もかもが理解不能なユーゴの覚醒に驚きを隠せない彼は、改めて【Word】の能力を発動した。
「ぜ、全員、動くなっ!」
「ううっ!?」
「ま、またか!?」
再び、ユーゴたち全員を対象に【動く】ことを禁止したアビスによって、メルトたちはほとんどの動きを封じられてしまった。
四肢の動作に関する様々なイメージを膨らませなければいけないこの命令は確かに持続は困難だが、決して自分の気が緩んだせいで効果が消えたわけではないと……そのことを確認するアビスであったが、その目に信じられない光景が飛び込んでくる。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「な、なんで……!? なんでお前は動いているぅぅっ!?」
メルトたちは固まっているというのに、唯一ユーゴだけが雄たけびを上げてこちらへと突っ込んできている。
しかも、先ほどのようなギリギリ体を動かせているような感じではなく、まるで【Word】による命令を受けていないように機敏に動く彼の姿を目にしたアビスが思わず叫んだ瞬間、その顔面にユーゴの脚の裏が直撃した。
「ぶべえっ!!」
「や、やっぱりそうです! ユーゴさんだけ、【Word】の影響を受けていません!」
「ユーゴ! お前、何をしたんだ!?」
「わかんねえ! マルコスが殴られたところとメルトがやられそうになってるのを見て、これ以上アビスにみんなを傷付けさせて堪るかって思ったら……なんか、力が湧いてきた!」
【Word】の命令も、攻撃を防ぐ能力も、ユーゴには効いていない。
全てを無効化する能力を逆に無効化している彼が何をしているのかわからずに困惑するメルトたちへとユーゴがそう言葉を返せば、完全に冷静さを失ったアビスが彼女たちの代わりに叫んできた。
「ふざけるなっ! 【Word】の能力が気合いや感情でどうにかなるものか! お前は何かをしているんだ! そう、何かを! お前は、お前が、お前、おま、お――っ!!」
相手を迎えた時の余裕が完全に消え去っているアビスは、自分の能力が効かなくなったユーゴを睨みつけながら叫んでいたのだが……その途中、何かに気が付いた。
【Word】の能力は、気合いや感情でどうにかなるものではない。魔道具の能力でも対応できるかすら怪しい、強力な力だ。
もしもこの能力に対抗できるものがあるとするならば、同じクリアプレートの力しかあり得ない。
ということはつまり……と全てを理解したアビスは、首を何度も振りながら呻く。
「お前、なのか……!? お前が、最後の一枚に選ばれた人間……!?」
「……そうか、そうだったのか……!!」
アビスの呻きを聞き、左腕に嵌めた腕輪が白銀の火花を散らしている様を目にしたユーゴもまた、少し遅れて全てを理解した。
兜の一部が砕けたブラスタを一度解除した彼は、アビスを見つめながら呟く。
「どうやら切り札は、既に俺のところに来ていたみたいだぜ?」
ユーゴたちがウインドアイランドに到着するのとほぼ同時に、アビスはクリアプレートを島中にばら撒いた……そう、ロストは言っていた。
そして、島に到着しようとしている船の上で自分の身に起きたある出来事を思い返したユーゴは、ぐっと拳を握り締める。
「船の上で俺の頭に当たったあれが、まだ見つかっていない最後のクリアプレート……! 最後の切り札は、最初からここにあったんだ!」
あの時、自分はてっきり【ブルー・エヴァー】の人間が投げた何かが額に当たったと思い込んでいたが……そうではなかった。
アビスがばら撒いたクリアプレートが真っ先に自分を選び、落下してきて額に直撃したのだと、そしてそれはこの腕輪の中に微粒子金属と一緒に紛れ込んでしまったのだと、だからアビスも見つけられなかったのだと……全てを理解したユーゴがその時の会話を思い返す。
額にできた傷跡を見たフィーは、確かその形状を……と弟の言葉を思い出したユーゴは何もかもを理解すると、静かに息を吐いてから呟いた。
「超変身、じゃあねえな。この文字の場合は――!」
今まで使っていたフォームチェンジの際の掛け声は、今回は相応しくない。
正しくはより相応しいものがあると考えたユーゴが大きく腕を広げる。
その体である漢字を作り出すように腕を広げ、伸ばしたユーゴは不敵な笑みを浮かべると……白銀の魔力を迸らせながら大声で叫んだ。
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