いつだって、奇跡を呼ぶ風はお前から吹く

「クッ、クハハハハ……ッッ! 本ッ当におめでたい頭をしていますね、あなたたちは!!」


「っっ……!?」


「な、なんだ……? 体が……!」


「動かない……っ!?」


 今までとは違う、低く唸るような笑い声を漏らしたアビスが顔を上げた瞬間、ユーゴたちの体がほとんど動かなくなってしまった。

 そのことに困惑する一同へと、狂気じみた笑みを浮かべたアビスが言う。


「ええ! ええ! そうですとも! 言葉とは、イメージがあって初めて生まれるもの! 私の想像にない行動は無効にできないというあなたたちの考えは大正解です! ……それで? それがわかったところで、私にどう対抗するんですか?」


 腕を広げ、無防備な様子を見せながらアビスがマルコスへと近付いていく。

 ほとんど動かない体をどうにかしようと力を籠め、腕をわずかに動かしたりして抵抗を試みるマルコスであったが、戦闘に役立つような動きは全くできなかった。


「【歩く】、【走る】、【跳ぶ】、etc……そういった様々な【動きMove】くらいなら、イメージできます。しゃべったり瞬きをしたりといった動作までは支配できませんが、相手の抵抗を封じ込めるならこれで十分でしょう?」


「はっ! 得意気に見せびらかしていた能力の弱点が見破られて、慌てて奥の手を出したというところか? 随分と余裕のない態度を取る。どうやら、お前は私が思っていたよりもずっと小者らしい……がはっ!?」


「マルコスッ!!」


 【Word】の能力の秘密を暴いたマルコスを嘲るアビスであったが、あべこべに彼に挑発の言葉を返され、怒りのままにその腹へと拳を叩き込む。

 短い呻きを上げて殴り飛ばされたマルコスの姿を目にしたユーゴが彼へと叫ぶ中、アビスは苛立ちをごまかすような笑い声をあげてから身動きができないでいる一同へと言った。


「愚かなあなたたちは気付かなかったんでしょうが、最初から結末は決まっていたんですよ! 何をしようと、どう足掻こうと、私に勝てる者なんていない! 多少のアドリブがあろうとも……あなたたちは私が書いた脚本の通りに敗北し、死ぬ運命なんです!」


「あんたみたいな三流が書いた脚本の通りになんてなるもんかっ!! まだ私たちは、負けてないっ!!」


「どんなに叫ぼうとも無駄だ! お前たち如きがこのコンダクター・アビスの想像を超える? 馬鹿を言うな! お前たちにできるのは、せいぜい私の能力を暴くことくらいのもの……そこから先は何もできない、そうだろう?」


「ぐうっ……!!」


 痛みに呻くマルコスであったが、【Word】の力で動きが封じられているために立ち上がることすらできないでいる。

 それでも、わずかに動く顔を上げて仲間たちへと視線を向ける彼が苦しそうな表情を浮かべる中、アビスは高笑いをしながら言った。


「そろそろ、無知な子供たちに絶望というものを教えてあげる時間だ。一人ずつ、あなたたちを始末してあげましょう。まず、最初の退場者は――!!」


「っっ……!!」


 右手を目の高さに揚げ、指先に魔力を溜めたアビスがメルトを指差す。

 自分が攻撃されようとしていることを理解して青ざめる彼女へと、アビスは愉快気な様子で声をかける。


「さっきは愛らしいお尻をぶつけてくれてどうも、お嬢さん。お礼に、苦しまずに逝かせてあげましょう」


「やめなさい……っ! そんなことしたら、絶対に――っ!!」


「逃げるでござる、メルト殿っ! どうにかこの呪縛を解いて……っ!!」


「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!! 何をしても無駄なんだよ! お前たち如きが、私に抗うことなどできっこないんだよぉっ!!」


 甲高い声で叫び、歓喜の声を上げ、歪んだ笑みを浮かべるアビス。

 指先に集まった魔力が禍々しい光を放つ中、何の抵抗もできないメルトたちへと彼が言う。


「御覧なさい、あなたたちの友達が無残に死ぬ様を! そして知りなさい、絶望の感触を! すぐにあなたたちも後を追わせてあげましょう! さあ……まず一人目の幕切れだっ!!」


「っっ……!!」


「逃げてっ! メルトっっ!!」


 膨れ上がった光を目にしたメルトがぎゅっと目を閉じる。

 セツナの悲鳴が響く中、アビスの指先から緑色の光線が放たれ、そして――!!


「……は?」


 バキンッ、という音がした。光線が少女の柔らかな体を貫いたにしては仰々しいその音を耳にしたアビスは、続けて目の前で繰り広げられている光景を見て、間抜けな声を漏らす。

 先ほどまで浮かべていた余裕と愉悦の笑みを引っ込ませた彼の視線の先には……頭部を覆う装甲の一部分が破壊されたユーゴの姿があった。


「は? は? はぁ?」


 目の前に立っているユーゴと、つい先ほどまで彼が立っていた場所を交互に見比べるアビス。

 確かに彼は、ついさっきまであの場所にいたはずだと……その彼が、自分の能力で動きを封じられているはずの彼が、どうしてメルトを庇っているのだと、あり得ない現象に困惑するアビスの前で、砕けた兜から怒りの形相を覗かせるユーゴが吠える。


「ふざけてんじゃ、ねえ……っ! 俺の、ダチに……手ぇ出すなっ!!」


「なっっ!?」


 怒りの炎を燃え上がらせたユーゴが、自分を押し潰さんとする重力を振り払うように重々しい一歩を踏み出す。

 その次の一歩、また次の一歩……と足を踏み出す度に重力が軽くなり、動きが速くなっていく彼の姿に驚愕したアビスへと、ユーゴは拳を繰り出した。


「うおおおおおおおおっ!!」


(お、落ち着け! 慌てる必要なんてない、私にこいつの攻撃は届かな――)


 何故、【動き】を封じる能力が破られてしまったのかはわからない。だが、自分には【Word】の能力で生み出した絶対的な防御がある。

 先ほどまでと同じように、ユーゴのパンチもその防御能力の前に無効化されるはずだと、そう考えて自分を落ち着かせようとしたアビスであったが、その顔面に鈍い痛みが走った。


「ぐえっ!? がっ、あああっ!!」


「えっ!? ええっ!?」


 バキンッ、という音と共にアビスの顔面に叩き込まれたユーゴの拳が、彼に確かな痛みを味わわせる。

 大きく殴り飛ばされたアビスの姿を見たメルトたちは驚きに目を見開いていたが、不意に自分たちの体が動くようになったことに歓喜の叫びを上げた。


「やった! 体が動く! アビスの能力が解けたんだ!」


「な、なんだ……? 今、何をした? お、お前、どうして私を……!?」


 動けるはずがなかった。拳が届くはずもなかった。【Word】の能力によって、全ては自分が支配していたはずだ。

 それなのに……ユーゴはその能力をことごとく無効化し、自分を殴り飛ばしてみせた。

 あり得ない現象の連続にアビスが完全に余裕を失う中、全てを見ていたマルコスが知らず知らずのうちに笑みを浮かべながら呟く。


「……そうだ、ユーゴ。いつだって、いつだって――!!」


 何が起きたのかはわからない。でも、たった一つだけわかっていることがある。

 その想いを、マルコスは言葉として呟いた。


「いつだって……奇跡を呼ぶ風は、お前から吹くんだ……!」


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