【Word】の弱点!

「おっ? わっ!? あっ、んんっ!! や、やばっ!」


「は?」


 ――それは本当に偶然起きた、誰もが予想していなかったことだった。


 空中で爆発の衝撃に煽られていたメルトは、アビスの方に吹き飛ばされていたのだが……それと同時に、空中で体勢を崩しつつもあった。

 アビスへの攻撃を繰り出そうとしていた彼女であったが、バランスを崩したせいで握り締めていた拳を彼に叩き込むことができなくなり、くるくると回転を始める。


 先ほどの魔力剣の大量生成の後ということもあって、魔力を使った攻撃ではなく打撃を繰り出そうとしていたことも影響していたのだろう。

 とにかく、殴るや蹴るといった攻撃ができそうにないとバランスを崩した状態で理解したメルトであったが、それでも燃え上がる反骨精神がアビスへの攻撃を中断させるという選択肢を取らせなかった。


 アビスにほとんど背を向けた状態で、残りわずかな時間で、繰り出せる攻撃は何か?

 必死に考えた彼女はヤケクソに近しい思考の中、これまたヤケクソ気味に攻撃を繰り出す。


「メルトちゃん! やぶれかぶれのお尻パ~ンチッ!!」


「なっ!?」


 メルトが取った行動。それはパンチでもキックでもなく、だった。

 もはや、それは攻撃なのか? と聞きたくなる行動であったが……それがまさかの事態を引き起こす。


「ち、ちいっ!」


「えっ……!?」


 ヤケクソだったはずの、攻撃とも呼べるかどうか怪しいはずの、メルトのヒップアタックが……アビスに当たった。

 腕で防がれたものの確かに彼女の大きなお尻はアビスの体に当たり、その勢いで彼を押し込んでみせたのだ。


「あ、当たった……? 今、メルトのお尻、アビスに当たったわよね!?」


「せ、拙者も見たでござる!! メルト殿の臀部は、確かにアビスを捉えていたでござるよ!」


「くっ、うっ……! こ、こんな馬鹿げた攻撃を、あ、当てられてしまうだなんて……っ!!」


 誰もが信じられなかったし、予想もできなかった。

 ヒップアタックを当てたメルトも、当てられたアビスでさえも想像していなかった展開に一気に戦場がざわめく。


「な、なんであんな攻撃が当たったんでしょうか……? これまでの攻撃よりも威力は下ですし、不意打ちですらなかったっていうのに……」


 明らかに動揺しているアビスの反応を見るに、今の攻撃は敢えて当たったものではないのだろう。

 しかし、ヒップアタックだけが彼に当たったのかがわからずにいるライハが困惑する中……一連の流れを見ていたマルコスが息を飲むと共に目を見開く。


「そうか……! そういうことだったのか……!」


「マルコス、何かわかったのか!?」


「わかったさ。【Word】の能力の正体も、原理も、弱点もな!」


 力強くそう言い放ったマルコスの反応に、ユーゴが信じられないといった表情を浮かべる。

 しかし、頼りになる好敵手がそこまで言うのならば、間違いなくそうなのだろうと判断したユーゴは、マルコスの話に黙って耳を傾けた。


「アビス! お前は先ほどから私たちの攻撃を無効にする時、【Punch】や【Kick】といったようにわざわざその動作を細分化していた! そこに違和感があったんだ。そんなことをせずとも攻撃を意味する【Attack】の単語を無効にすれば、それだけで済んだはず! 逆に、我々の魔道具自体の名前を無効にすれば、それだけでお前は完勝できた!」


「た、確かにそうだ……! でも、アビスはそれをしなかった? いったい、なんで……?」


「しなかったんじゃない、んだ。そうだろう、アビス!」


「ぐっ……!」


 マルコスにそう言われたアビスが、動揺のままに呻きを漏らす。

 そんな彼へと人差し指を突き付けたマルコスは、自分が導き出した答えを大声で叫んだ。


「圧倒的な能力の前に失念していたが、【Word】もクリアプレートの一種だ。そして、クリアプレートは使用者のイメージを引き出し、それに応じた力を与える……そう、全てはんだ。【Word】の能力は、お前の想像が及ばない現象には発動しない! そうなんだろう、アビス!?」


「~~っ!!」


 マルコスのその叫びを受けたアビスは、握り締めた拳をぶるぶると震わせていた。

 その反応から、好敵手の想像は正しいと理解したユーゴもまた、マルコスの意見を理解すると共に【Word】の能力の詳細をも理解していく。


「そうか……! 一言に攻撃と言っても、物理や魔法だけじゃなくて精神攻撃もあるし、兵糧攻めみたいな直接的じゃないものもある。【Attack】って言葉だと、その広過ぎる定義のせいでイメージが固まらないんだ……!!」


「逆にイメージを固定し過ぎると、その全てを詳細に把握しなければならなくなる。少しでも想像から外れた瞬間、【Word】の能力が無効化されてしまうからだ。だから固有名詞である我々の魔道具を無効にはできなかった」


「【Word】の能力は、使用者であるアビスの想像を言葉という形に当て嵌めて初めて発動する! つまり、アビスがイメージできない事柄に関しては、意味を成さない! 先ほどから声に出して無効にする攻撃を言っていたのは、自分の中でイメージを固めるためだったんだろう!?」


「そっか! だから私のヒップアタックが当たったんだ! まさかお尻で殴られるだなんて、アビスには想像もできなかったから!」


 言葉とは、イメージの結晶だ。それを使う人間たちがその意味や指すものを理解し、頭の中で思い浮かべられて初めて活用できる。

 逆に言えば、人間が想像できないことや理解できないことの前では言葉は意味を成さない。言葉という枠組みに納め切れない事象には、【Word】能力は活用できないのだ。


「つまり、アビスっていう名前の辞書に載ってない情報には【Word】の能力は発動しないってことか! あいつが知らない攻撃なら、あいつに通る!!」


 突破口は見えた。アビスの想像を超えればいい。

 難しいだろうが、完全無欠と思われた【Word】の……いや、言葉通りのアビスという名の弱点を発見したユーゴたちが一気に士気を上げる中、握った拳を震わせていたアビスが急に高笑いを始めた。


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