【無敵】の弱点!

「どうした? 勝てないと思って無駄な抵抗を止めたのか? 賢いが、簡単に許してやるほど俺は甘くねえぞっ!!」


 納刀したまま動くことを止めたリュウガの姿を見たシアンがさらに調子に乗った声で叫ぶ。

 だが、リュウガはそんな彼の挑発じみた発言にも何の反応も見せず、ただただ静かにシアンを睨みつけるだけだ。


「ちっ……! 腹が立つぜ、どうせ何をやっても意味なんてないってのによぉ!」


 どこまでも自分を舐めているとしか思えないリュウガの行動に苛立ちを一気に爆発させたシアンが、吐き捨てるようにそう言いながら拳を振り上げる。

 そのまま、一直線に自分の方へと突っ込んでくる彼の姿を目にしたリュウガは、待ち侘びていた瞬間の到来を確信すると共に刀を抜き、目の前の空を切り裂く。


「っっ!? な、なんだっ!?」


 居合の構えからの抜刀を繰り出したリュウガであったが、その一撃は全くタイミングが合っていないものだった。

 自分に当てるつもりが欠片もなさそうな斬撃を目の当たりにしたシアンは、驚きと共に違和感を抱く。


 そして……リュウガが断ち切った空間の一部が、ほんのわずかな空間が、微妙に周囲の空間とズレていることに気付き、あっと唸ってから足を止めた。


「い、今のは……!?」


「おっと、気付いたか。なかなか目がいいじゃないか」


 ふっ、と少しの間をおいて消えた空間のズレが何であるかを理解できずに困惑するシアンへと、珍しく彼を褒めたリュウガが口元を歪める。

 その意味深な態度に警戒心を抱いたシアンへと、リュウガはこんな話をし始めた。


「今のは、だ。あの中にお前が突っ込んでいれば、その部位が切断されるはずだったんだが……僕が思ったより、お前は冷静だったみたいだな」


「は、はぁ……? な、なんだ、それ……? お前、そんなことが……!?」


「……お前は攻撃のダメージを無効化するだけで、衝撃は受ける。外部からの干渉を受けないわけじゃあないんだ。直接斬ることはできずとも、次元の壁を叩き斬った際の現象を利用すれば……お前の体をバラバラにできるかもな」


「なっ……!?」


 次元を斬ったというリュウガの発言に、シアンが目を見開いて呻く。

 そんなふうにシアンを大いに動揺させたリュウガであったが……今の話は、まるっきりのデタラメだ。


 彼は次元を斬ってなどいない。風や水、雷の属性の魔力を用いて光の屈折や空気の断層を生み出すことで、そういうふうに見せかけただけだ。当然、シアンにそのズレを見せつけたのもわざとである。


 一見、何の意味もないようにしか思えないリュウガのこの行動であったが、シアンの動揺を引き出すというのが彼の目論見であった。

 シアンが明確に怯えている様を目にしたリュウガは、その動揺が去る前に刀を振り、黄金の魔鎧獣の体へと斬撃を見舞う。


「がっっ!? な、なんだっ!? ど、どうして痛みが……!?」


(よし、思った通りだ)


 三度見舞った斬撃はシアンの体をバラバラにすることはなかったが、無敵であるはずの彼がつい呻いてしまうほどには痛みを味わわせることができた。

 ダメージを受け、動揺しながらよろめくシアンの姿を確認したリュウガは、自分の考えが正しかったことを確信すると共に相手の【無敵】のからくりを看破する。


(間違いない。こいつの能力は、ことをこいつ自身がどれだけ信じているかで効果の強弱が決まるんだ)


 クリアプレートは、使用者のイメージによってその能力が異なる。それは即ち、使用者のイメージが変身した魔鎧獣の能力にも影響しているということだ。

 これは決しておかしな話ではない。「戦いはノリのいい方が勝つ」という言葉もあるように、戦闘において精神は非常な重要な意味を持っているのだから。


 戦闘開始時、シアンは自分が無敵だと信じて疑わなかった。正しくは、ユーゴたちには自分に傷一つけることなどできないと思っていた。

 だからメルトとセツナの攻撃を受けても無傷だったし、ユーゴの攻撃にも微動だにしなかったのだろう。


 しかし、自分の攻撃を利用したカウンターをリュウガに喰らわされたことで、その自分は無敵だという想いが一瞬だけ弱まった。

 直後のリュウガの攻撃によって吹き飛ばされたのは、その動揺によって【Invincible】の能力が弱まっていたからだ。


 そして今、シアンは無敵であるはずの自分に傷を付ける方法があるかもしれないと、リュウガのハッタリを聞いてそう思ってしまった。

 その思いは動揺を生み、自分が無敵であることを信じられなくなったことでクリアプレートの力はさらに弱まって……その結果、先ほどまでは無効化できていたリュウガの攻撃によってダメージを受けるようになったのである。


 この戦いにおいて斬るべきはシアンの肉体ではなく、だ。

 心を絶ち、肉体を傷つけ、そのダメージによってさらに心をへし折れば、【Invincible】の無敵化能力は完全に消失する。


「さあ、続けようか。その金メッキを全て剥がしてやるよ」


「ぐっ、ぐぐぐっ……!」


 ――シアンの不幸は、リュウガよりも先にアビスと戦ってしまったことだ。

 【Invincible】の力を使った上で彼に敗北したことで、シアンの心の中に『自分は無敵ではない』という思いが明確な事実として刻み込まれてしまった。


 それが彼の唯一にして最大の弱点になってしまったとは、シアンを倒したアビスですら予想できなかったことかもしれない。


(こいつを倒すきっかけは作れた。ただ、完全に能力を無効化するには時間がかかりそうだな)


 おそらく、【Invincible】にはシアンの意思とは関係なく相手の攻撃によるダメージを軽減する力があるのだろう。

 そこの部分に関してはリュウガにもどうしようもないだろうし、その能力がある限りはそう簡単に決着をつけることはできない。


 先に進んだ仲間たちに合流するまでもう少し時間がかかりそうだなと思いながら……リュウガは、徐々に弱さが露呈し始めたシアンとの戦いに集中していくのであった。


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