襲撃、シアン!

「おいおいおい……! お前ら、馬鹿かよ!? 本気でアビスに勝てると思ってんのか?」


「っっ!?」


 その声に反応したユーゴたちが一斉に同じ方向を見れば、そこには嘲るような笑みを浮かべながら立つシアンの姿があった。

 少し前に彼が退学処分を言い渡されて以来の再会ではあるが、そこには喜びや嬉しさといった感情はない。


「シアン……! お前、どうしてアビスの手下なんかになったんだ!? 学校を退学させられたことへの逆恨みか!?」


「それもある。けどな……俺はあいつに選ばれたんだ。この世界を支配する力を持つ、アビスって男にな! 今はあいつに従う存在だが、時が来れば俺はこの世界の頂点に立つ男になれる! そのチャンスをむざむざ見逃すわけねえだろうが!」


 自業自得の行いでルミナス学園を追い出されたとはいえ、彼も元は魔導騎士を志した人間だったはずだ。

 そう思い、何を思ってアビスに従っているのかと尋ねるユーゴであったが……返ってきたのは、栄誉と欲望に目が眩んだ男のあまりにも自分勝手な答えだった。


「まあ、お前らがアビスに挑むのは勝手だが……あいつには絶対に勝てねえ。直接戦った俺には、あいつの凶悪さが身に染みてわかってるんだ。断言する。あいつは俺たちとは別次元の存在だよ」


「はっ……! 要するに、一方的に叩きのめされて心をへし折られたというわけか。随分と情けないことを堂々と言うようになったな、シアン」


「なんとでも言えよ。お前らの未来は決まってるし、ここでアビスに殺されようがどうだっていい。だが――」


 マルコスの挑発じみた発言に顔を歪めながらも、吐き捨てるように応えたシアンが視線を女子たちに向ける。

 ぺろりと欲望を隠さぬ舌なめずりをした彼は、ニタニタと笑いながらメルトたちへと話しかけた。


「メルト、アン、セツナ、サクラ、ライハ……やめとけ。こいつらと一緒に行ってもアビスに殺されるだけだ。それより、俺の女にならないか? 俺は近い未来、この世界の王になる男だぜ? 悪い話じゃないだろ?」


「冗談! あんたに所有物扱いされるくらいなら、死んだ方がマシだよ!」


「前にも言わなかったか? アタシを馴れ馴れしくアンって呼ぶなってさ」


「寝言は寝てから言ってもらえるかしら? そうしたところで、答えは変わらないけどね」


「拙者は信念も覚悟も感じられない男に従うような女ではない! それが極悪非道の悪事に手を染める男なら、猶更でござる!」


「私たちの答えは同じです。あなたみたいな悪人の言いなりになるつもりはありません!」


「……だってよ。残念だったな、一分で五回もフラれちまうだなんて、さぞやショックだろ?」


 前々から目を付けていたメルトたちを我が物とすべく、彼女たちを勧誘するシアンであったが……返ってきたのは、散々な拒絶の答えだった。

 嫌悪感を隠そうともしない女子たちの反応と、そこから続くユーゴの言葉に明らかに機嫌を損ねたシアンは、舌打ちを鳴らすと共に口を開く。


「ああ、わかったよ。それじゃあ、力づくで従わせてやる!!」


 苛立ちを滲ませた声で吐き捨てながら、取り出したクリアプレートを自分の体に突き刺すシアン。

 魔力の奔流に体を叩かれたユーゴたちが防御姿勢を取る中、無敵の魔鎧獣に変貌したシアンが自身の力を誇示するように腕を広げながら叫ぶ。


「見せてやるよ! これが俺の力だっ!!」


「むっ……!?」


 咆哮、直後に跳躍。振り上げた拳を標的にしたマルコスへと振り下ろし、彼の防御もお構いなしに殴り飛ばす。

 その後、二度、三度と拳を振るってユーゴを攻撃したシアンは、その全てを回避されながらも上機嫌に彼らへと言った。


「どうだ? これが【Invincible】の力だ! 俺の攻撃は誰も防げないし、お前らの攻撃は俺には通用しないんだよ!」


「……と言ってはいるが、私もギガシザースもご覧の通り無事だが? お前の言う無敵Invincibleとは、私たちが知っている言葉とは別の意味なのか?」


「ちっ……! 減らず口を叩きやがる。んっ?」


 殴り飛ばしたマルコスが平然と立ち上がり、自分を挑発してくることに苛立ちを募らせるシアン。

 そんな彼へと、メルトとセツナが攻撃を仕掛ける。


「くらえっ! 『ソード・ストレート』ッッ!!」


「しっっ!」


 紫の魔力剣と風の矢が魔鎧獣になったシアンを襲う。

 四方八方から迫る無数の攻撃を全身に受けた彼であったが……軽くその衝撃によろめいただけで、全くダメージを受けていない様子であった。


「はははっ! 無駄無駄ぁ! 言っただろう? 俺は無敵で、お前たちの攻撃は通用しないってさ!」


「ちっ……!」


 そう叫びながら殴りかかってきたシアンの腕を掴んだユーゴが、彼の肘を思い切り殴りつける。

 変身していない状態とはいえ、それなりの痛打になりえるはずの攻撃を叩き込んだ手応えはあったが、シアンはまるで痛みを感じることなく元気に追撃を繰り出してきた。


「だから無駄だって言ってんだろ! お前は俺には勝てねえんだよっ!」


「くそっ! 調子に乗りやがって……!!」


 どうやら本当にシアンは無敵状態らしい。攻撃力に関しては彼がまだクリアプレートの力を完全に引き出せていないようだが、防御の面に関してはこちらの攻撃が通用しないという特殊能力が発動している。

 黄金の最強ゲーマーでもあるまいし、そんなチート能力を気軽に発動するなと思いつつ、シアンが彼と同じムテキの名を冠していることに若干の苛立ちを覚えながら距離を取ったユーゴへと、仲間たちが声をかける。


「どうする、ユーゴ? あいつ、かなり厄介な能力を持ってるよ?」


「私とメルトであいつの全身を攻撃したけど、弱点となるような部分も見つからなかった……真っ向から戦えば、かなり手こずりそうね」


 何かシアンに攻撃を通す方法があるのかもしれないが、それを探しながら戦っている間に【フィナーレ】の発射準備が整ってしまう可能性が高い。

 明らかに時間稼ぎ要員として派遣されたであろう彼の相手をしている暇などないと考えるユーゴたちが焦りを感じ始める中、マルコスが言う。


「仕方がない。お前たちは先に行け。あいつの足止めは、私が引き受け――うっ!?」


 この中で最も防御に秀でている自分がシアンを足止めするから、アビスの下に向かえと言いかけたマルコスであったが、その肩を誰かが強引に掴んだ。

 マルコスを自分の側に引き寄せ、代わりに前に出たその人物へと全員が視線を集中させる中……振り返った彼が口を開く。


「マルコス、前に言っただろう? 何よりも大事なのは、ことだと。今の君がすべきことは、ここに残ってあいつの足止めをすることなのか?」


「リュウガ……!?」


 以前にシャンディア島で話したことを出しつつ、マルコスへと問いかけるリュウガ。

 そうしながらシアンの方を向いた彼は、目を細めながら仲間たちへと言う。


「……先に行ってくれ。あの金メッキは、僕が斬る」


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