淡い奇跡が終わる時

 静かに、剣を下げたロストが一歩目を踏み出す。

 自分へと向かってくる敵の姿を目にしたトリンは、彼との実力差を理解すると共に感じていた恐怖と絶望を一気に膨れ上がらせた。


「くっ、来るなっ! 来るなぁぁっ!!」


 斬られた腕を再生し、黄金の光弾を乱射するトリン。

 絶叫と共に繰り出される攻撃をロストは平然と切り払い、彼との距離を詰めていく。


「今さら実力差に気付いたのかい? でも、何もかも手遅れだよ」


「う、うああ、ああああ……っ!?」


 ロストが双剣を振るう度に黄金の輝きが弾け、断ち切られ、光が消えていく。

 その間隔が徐々に短くなり、そして自分のすぐ近くで起きるようになっていくことに絶望するトリンは、目の前にまで迫ったロストの姿を見つめながら、浅く荒い呼吸を繰り返し、大きく目を見開きながら震えることしかできなかった。


「ひぃ、ひぃぃ……っ!?」


「そんなに怯えるくらいだったら、最初に情けをかけてあげた段階で逃げれば良かったのに……調子に乗った者の末路って感じだね」


 残酷だが、ロストの言っていることは正しい。

 今さらになって、トリンは目の前にいる彼が自分を屈服させたアビスとほとんど同じ邪気を放っていることに気付く。


 こいつは、アビスの同類だ。そして、彼と同程度の実力を有している。

 最初から勝てるはずがなかったと……力を手に入れたことで高揚していた精神を恐怖によって鎮静化させられ、全てを理解したトリンが怯える中、ロストが口を開く。


「それじゃあ、終わりにしようか。もしも君が本物だとしたら奇跡を起こせるかもしれないけど……淡い期待に縋るのは止めておいた方がいい」


「う、うわあああああああああっ!」


 構えた双剣が、紅の光を発する。

 狂気的で恐ろしい光を放った剣を見て、恐怖の叫びを上げたトリンは……次の瞬間、その光と全く同じものが自分の体に刻まれる様を目にして、絶句した。


「……ロスト・スラッシュ」


「がっ、あ、ああ、あああああああああああああああああっ!」


 上半身と下半身を両断するように真横に双剣を振り抜いたロストが、小さく呟く。

 体に刻まれた紅の斬光が膨れ上がっていく様に恐怖を爆発させたトリンに痛みが襲ってきたその瞬間に彼の肉体もまた爆発を起こし、その中から吹き飛んだ彼は虚ろな目をしながら呻いた。


「あう、あ、あ……いや、だ……」


 痛いだとか、苦しいだとか、そういう感想を呟くことすらできなかった。

 泣き別れした下半身が砂粒のように崩れ落ち、続いて上半身もまた溶けるように消えていく光景に自分の死を悟った彼が目に涙を浮かべて恐怖に震える中、変身を解除したロストが言う。


「アビスからクリアプレートを渡されたところで、君の奇跡は打ち止めだ。もうとっくに終わってた運命がここまで長続きした幸運と、私と出会ってしまった不運を呪いながら消えるといい」


「た、たすけ――」


 自分を見下すロストへと、トリンが粒になっていく手を伸ばし、助けを求める。

 哀れな彼の姿を見つめながら口元を歪めたロストは、消えゆくトリンへと最後にこう言い放った。


「じゃあね、惨めな奇跡……君はここで、GAMEOVERだ」


「あああ、あ、あ――」


 救いも奇跡もないことを理解し、絶望の表情を浮かべたトリンが呆然と呟く。

 その呟きを最後に……彼の肉体は消滅し、この世界から消え去った。


 戦いが終わり、静寂が戻った市街地でアビスが深い息を吐く中、彼の背後に闇が広がり、そこからドロップが姿を現す。


「やっちゃったね、ロスト。ルール違反だよ」


「あ~……そうだねえ。私はアビスの計画の邪魔をしてしまったわけだし、イエローカードくらいの処分は下されちゃうだろうねぇ」


「他人事みたいに言っちゃって……お気に入りのヒーローくんのためにそこまでしちゃうだなんて、馬鹿だよあんた」


「彼のためだけじゃあないさ。アビスと彼の戦いは、間違いなく観客たちを興奮させる熱戦になる。そこで奇跡が起きてマイヒーローが勝つなんてことがあれば……盛り上がりは最高潮。私のしたことにも意味ができるってものさ」


奇跡Miracleは今、あんたが殺しちゃったでしょ? っていうか、その口ぶりだとアビスに勝つのは不可能に近いってあんたもわかってるんじゃん」


 見た目以上の疲労感に襲われているロストをひっ捕らえつつ、そう述べるドロップ。

 苦笑するロストはそんな彼女へとこう答える。


「そうだよ。でも、不可能をひっくり返してこそのヒーローだろう? 私は彼ならそれができると思っている。奇跡の風が吹くって、そう信じているんだ」


「ふ~ん……それじゃ、ちょっと観戦していこうか? あんたを今すぐに引き渡す理由なんてドロップちゃんにはないし、お友達には優しくしてあげないとね」


「本当かい!? ありがとう! 君が慈愛に満ちた女の子で嬉しいよ!」


 ちょっと胡散臭いことを言うロストの反応に顔をしかめつつ、彼と一緒に闇の中に入っていくドロップ。

 全てが消えた市街地には再び静寂が戻り……ここから始まる最終決戦の激しさを感じさせる雰囲気が漂い始めるのであった。


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