奇跡を断ち切る、絶望

「うっ……!」


 邪悪なオーラを放つ銀色の怪物の姿を目の当たりにしたトリンは、その威圧感に一歩後退ってしまった。

 今、自分の前に立つロストからは形容し難い恐怖が滲み出ており、それを真っ向から浴びせられたトリンは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えてしまう。


 自分を絶望と名乗り、優雅に堂々と立つロストの姿を改めて見つめたトリンがごくりと喉を鳴らす。

 目の前の謎の存在に対する恐ろしさをそこで再び感じた彼であったが……それでも、退くという選択肢は持ち合わせていなかった。


「何が絶望だ……! 僕はそんなものに屈しない、の力を手に入れたんだっ! お前なんかに負けて堪るかっ!」


 強大な存在であるアビスから受け取ったクリアプレートの力……【奇跡Miracle】の名を冠する力を手に入れた自分に、敵などいない。

 これまで味わい続けた屈辱と鬱憤を晴らすかのように腕をロストへと向けたトリンは、そこから金色の光弾を連射して彼を攻撃し始める。


「死ねっ! 死ねっ! 死ねえええっ!!」


 【Miracle】の名に相応しい、超常的な能力を操ることができる力を振るうトリン。

 破壊力抜群の光弾を連射する彼であったが、ロストは平然と自身に迫る光弾を回避し、時に蹴り飛ばして対処してみせる。


「いいね。綺麗じゃあないか。感動的な光景だよ、戦いにおいては無意味だけどさ」


「この……っ! 馬鹿にするなっ!!」


 普通の攻撃では意味がないと悟ったトリンが、腕で地面を叩く。

 そうすれば、彼と同じ金色をした魔鎧獣が数体出現し、瞬く間にロストを取り囲んだ。


「へぇ? 遠距離攻撃の他にも手下を召喚する能力もあるのか。なかなか面白くはあるけど……その能力から察するに、君自身の戦闘能力はそこまで高くなさそうだね」


「うるっ、さいっ!!」


 自分を値踏みするようなロストの言葉に、苛立ちを覚えたトリンが召喚した手下たちへと指示を出す。

 連携というほどのものではないが、単純に数の利を生かして四方八方から攻撃を仕掛ければ、それは十分な脅威になるはずだ。


「ふむ、ふむ……なるほど。うん、やっぱりこの程度か」


「こっ、この程度だと……!?」


「マイヒーローを先に行かせて本当に良かった。君みたいな大して強くもないのに時間稼ぎだけは得意な雑魚の相手をさせていたら、彼の活躍が台無しになるところだったからね。アビスから新しい玩具を貰って調子に乗っちゃったのかな? それで、今までの恨みを晴らしに街に繰り出して、こうなっていると……」


「ぐ、ぐ、ぐ……っ!!」


 ロストの言っていることは、大体当たっていた。

 アビスからは指示があるまで待機するように命じられていたが、ここまで味わった屈辱を晴らすことを望んだトリンは、憎きユーゴを探してハウヴェント城から飛び出してしまったのである。

 そして、ターゲットであるユーゴを見つけ、彼を襲撃したまでは良かったが……謎の男に復讐の邪魔され、しかも罵詈雑言を浴びせられて屈辱を味わわされていた。


 どこまでも自分を下に見るロストの発言に怒りを募らせたトリンは、感情を爆発させると共に大声で叫ぶ。


「僕を、馬鹿にするなっ! お前なんてっ! お前なんてぇぇっ!!」


「おっと、これはこれは……!」


 吠えたトリンが勢いよく腕を振れば、なんと黄金に輝く二本の腕がロストに向かって伸びていったではないか。

 まるでゴムのように伸びた腕がロストの腕ごと彼の体を拘束する中、勝ち誇ったトリンが吠える。


「どうだ、見たか!? 今からお前を嬲り殺しにしてやるっ! 僕の怒りを思い知れっ!!」


 ギチギチとロストの体を締め上げ、彼の身動きと抵抗を封じたトリンは、自身が召喚した手下たちに一斉攻撃を命じた。

 周囲から同時にロストへと飛び掛かる魔鎧獣たちの姿を見た彼は、自身の勝利を確信したのだが……銀色の絶望は、そんなトリンの優越感を瞬く間に打ち砕いてみせる。


「甘いね……これで勝ったつもりかい?」


「なっ……!?」


 腕を、体を締め付け、身動きを封じていたはずのロストが不敵にそう言い放つ。

 次の瞬間、ロストの体から唐突に双剣が出現する様を目にしたトリンは、彼を拘束していたはずの自身の腕がスパッと斬り裂かれる感覚に驚きの声を漏らす。


 宙を舞い、トリンの腕を断ち切った後で主の手の中に納まった双剣が刀身から紅の輝きを放つ。

 それを振るい、同じ色の斬光を周囲に描いたロストが動きを止めれば、彼へと襲い掛かっていた金色の魔鎧獣たちが肉体を崩壊させると共にその場に崩れ落ち、次々と消滅していった。


「……もう、手下は召喚しないのかい?」


「うっ、ううっ……!?」


 斬られた腕に痛みはなかったが、絶望的な苦しみをトリンは感じている。

 ギラリと輝く双剣を手にするロストの圧倒的な戦闘力を目の当たりにし、何も言えなくなっている彼へと……ゆっくりと剣先を突き付けたロストは、わずかに声を弾ませながら言った。


「都合のいい奇跡を夢見るのはここまでにしよう。絶望を以て……三流以下の君を、舞台から退場させてあげるよ」


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