まだ、なにも終わってない
その言葉を最後に、投影されていたアビスの姿が空中から消えた。
一気に静まり返ったホテルの中には、外で争い、魔鎧獣に襲われる人々の怒号のような声だけが響いている。
「どう、する……? ここから、どうすれば……!?」
全ての話を聞き、状況を整理したウノは、全身に冷や汗を流しながら苦し気に呻くしかなかった。
考えれば考えるほど、手詰まりになっている感覚が拭えなかったからだ。
ここでただ隠れていても、数時間後にはアビスが用意した超兵器である【フィナーレ】が起動してしまう。そうなれば、何もかもが一巻の終わりだ。
かといって、アビスとの戦いに臨もうにもクリアプレートを手に入れたシアンたちの妨害やそこに至るまでに出現した魔鎧獣と戦いを繰り広げなければならない。
警備隊の精鋭を集めたであろう突入部隊をあっさりと倒した彼らだ、自分一人で戦っても勝ち目は薄いだろう。
あるいは、生徒たちや警備隊員たちと協力して攻撃を仕掛ければ可能性があるかもしれないと考えたウノであったが……この島を取り巻く状況が、その可能性を摘み取っていた。
「お、お終いだ……! もう俺たちはお終いだ! ここで死ぬしかないんだ!」
「ま、まだよ! クリアプレートさえ見つけ出せれば、それで……!!」
「くそうっ! ちくしょうっ! もう他の奴らなんてどうなってもいい! 魔鎧獣が増えようが知ったことかっ!」
絶望に打ちひしがれていた人々は、両極端な行動を取り始める。
何もかもを諦めて無気力に崩れ落ちる者と、最後まで生に執着して他者を蹴落としてでも生き延びようとする者。真逆の動きではあるが、双方が共に他者と協力できる状態でない部分だけは同じだ。
生徒たちすら纏められない自分が、この人々を結束させられるはずがない。
自分の無力さにウノが握り締めた拳を震わせる中、ルミナス学園の生徒たちの声が耳に届く。
「そういや、ユーゴはどこだ? あの目立つ赤髪がずっと見つからないぞ?」
「クリアプレートを探してるに決まってるだろ? 英雄候補の連中だって我が身かわいさに身勝手な行動を取ってるんだ。あのクズだって今頃、血眼になってプレートを探してるさ!」
姿の見えないユーゴを嘲り、彼もまた英雄候補と呼ばれていた生徒たちと同じように仲間を裏切ったと吐き捨てる生徒。
誰も彼もが信じる心を失っていることを感じさせるその言葉に苦悶するウノであったが、彼らに待ったをかける生徒が現れた。
「……取り消せよ、今の言葉」
「はぁ? なんだ、お前――」
「取り消せって言ったんだ! ユーゴが、友達を裏切るわけないだろう!」
その大声に驚いた人々が、揃って声の主へと視線を向ける。
ユーゴを馬鹿にした生徒たちへと食って掛かった気弱そうな生徒……料理部副部長のハオは、真っすぐに彼らを睨みながらこう言葉を続けた。
「島中に魔鎧獣が出現したって聞いた時、ユーゴは真っ先にここを飛び出していったんだ! あいつに助けられてここに避難してきた人たちだってたくさんいる! この状況に不安になって、誰も信じられなくなる気持ちは理解できるが……あいつの友達として、誰かのために戦っているユーゴを馬鹿にする発言を見過ごすわけにはいかない!」
「うっ……」
すごい剣幕で捲し立てるハオの言葉に、何も言えなくなった生徒たちが口を噤む。
再び、静けさが戻ったホテルの中、続いてリュウガが口を開いた。
「……どうやら、目指すべき場所は変わったようだ。アビスはハウヴェント城にいると、そう言っていたな?」
「奴の下に向かう気か、リュウガ?」
「ユーゴなら間違いなくそうする。僕は彼の相棒として、一緒に戦うまでだ」
「待て! ……その気持ちは私たちも同じだ。お前は残れと言うかもしれないが、私たちも一緒に戦うぞ」
ハウヴェント城に向かうというリュウガへと、マルコスがそう告げる。
メルトたちもまた彼と同様に覚悟を決めた表情を見せており、そんな友人たちの顔を見たリュウガは小さく微笑むと、口を開いた。
「……ああ、そうだね。一緒に行こう。みんなで、アビスと戦うんだ」
「だったら、俺たちも一緒に行く!」
「私たちも気持ちは同じです。ユーゴ師匠と共に戦わせてください」
リュウガが大きく頷く姿を見たヘックスやミザリーもまた、同行することを申し出る。
しかし……リュウガは彼らに対しては首を振ると、その申し出を拒絶した。
「いや、ダメだ。君たちはここに残ってくれ」
「どうしてだよ!? お前たちより実力は劣るかもしれないが、露払いくらいなら俺たちだって――」
「そうじゃない。君たちには、ここにいる人たちを守ってもらいたいんだ。キャッスル先生と一緒にね」
リュウガのその言葉を受けたミザリーたちが、こぞってウノの方を見る。
突然、生徒たちからの注目を浴びてウノが驚く中、リュウガはこう話を続けた。
「ここには戦えない人たちや、初等部の生徒たちが大勢いる。ここを守るにしても、どこかに脱出するにしても、護衛は必要だ」
「先ほどまでは私がその役目を引き受けるはずだったが……状況が変わった。お前たちに代役を任せたい」
「先生も、このまま手をこまねいて何もしないわけじゃないですよね? 何をするにせよ、信頼できる生徒が残ってくれた方が助かるでしょう?」
「お前たち……!」
教師である自分が足を止めている間にも、生徒たちはこの状況を打破しようと考え、動いていた。
そして、教師である自分をこの状況下でも信じてくれていると……信頼がこもっている眼差しを受けて理解したウノへと、リュウガが言う。
「妹たちのこと、よろしくお願いします。僕たちは、僕たちにできることをやってきます」
「……教師として、危険だとわかっている場所に生徒を送り出すことは、決して許されざる行いなのだろう。だが――」
彼らなら奇跡を起こしてくれるかもしれない。ウノは心からそう思えた。
言葉には出さず、任せたと伝えた彼へと頷いた後、リュウガたちはホテルを出ていく。
「……皆さん、落ち着いてください! どうにかこの島から脱出する方法を考えます! とにかく、落ち着いて! 皆さんを守るために、我々は全力を尽くします!」
迷い、惑い、立ち止まっている暇などない。自分には、自分のすべきことがある。
狂乱する人々へと叫び、魔導騎士として、教師としての役目を果たす覚悟を決めたウノは、次なる行動に移るべく、呼びかけを続けるのであった。
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