地獄の島
「はははっ! クリアプレートだっ! これで俺は……俺だけは助かるんだっ!」
「待てっ! 迂闊に手を出すなっ!」
アビスの底意地の悪い声を聞いたリュウガが、何か嫌な予感を覚えると共にクリアプレートを掴もうとする男へと叫ぶ。
しかし、死への恐怖とそれから逃れることで頭がいっぱいになっている彼の耳にはその言葉は届かず、落ちていたクリアプレートを手に取ってしまった。
「は、ははっ! はっ? う、うわあああっ!?」
プレートを掴み、それを高々と掲げる男。
歓喜の笑みを浮かべていた彼であったが、不意に手に取ったそのプレートが怪しく光ったかと思えば、バチンッと火花を走らせながら吹き飛んでしまった。
突然の衝撃と痛みにクリアプレートを取りこぼした男が尻もちをつく中、リュウガと同様に良くない何かを感じ取った人々が見守る中、男の手から飛び出したクリアプレートが再び輝くと共に、突如として怪物の形を取り始める。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「な、なんだ、これっ!? なんでいきなり怪物が……っ!? うっ、うわああああっ!」
「あれは、アタシが船で倒した魔鎧獣!?」
強い光を発したクリアプレートは、かつてアンヘルに倒された『Violence』の魔鎧獣へと姿を変えた。
雄叫びを上げ、灰色に染まった太い腕を振り回して暴れようとする魔鎧獣であったが、その体に一筋の斬光が走ると共に動きが止まる。
体に走った光に沿って左右に体を分断させた魔鎧獣がそのまま消滅していく様を確認したリュウガは、舌打ちを鳴らすと共に愛刀を鞘へと納めた。
「た、助かった……! でも、いったい何が……?」
「……どうやら、黒幕は随分と趣味の悪い罠を島中にばら撒いてくれたみたいだな」
魔鎧獣が本格的に暴れ出す前に斬り捨てられたことに人々が安堵する中、リュウガが投影されているアビスの映像を睨む。
そんな彼の鋭い視線を浴びていることなどこれっぽっちも気付いていないアビスは、伝え忘れた趣味の悪い仕掛けについて話し始めた。
『普通に行方不明のクリアプレートを探すだけでは面白くありませんからね。ちょっとしたサプライズを用意させていただきました。今、このウインドアイランドには、クリアプレートそっくりのダミーのプレートが無数に散りばめられています。ダミープレートは誰かに拾われた瞬間、魔鎧獣へと変身して暴れ回るよう設定してあるので、気を付けてくださいね~!』
「なによ、それ……!? じゃあ、本物のクリアプレートを探す人たちががむしゃらに偽物に手を出し続けたら、どんどん魔鎧獣が増えていくってこと!?」
「マズいぞ! 今、島の人間はパニックに陥っている! 特にクリアプレートを探してる連中に冷静な行動なんてできっこない! このままじゃ魔鎧獣と犠牲者が増え続ける一方だ!」
アンヘルの言った通り、アビスが仕掛けた悪趣味な罠は状況をさらに悪化させる要素を大量に孕んでいた。
今、パニックになっている人々の耳には、制止の声など届かない。先ほど、『Violence』の魔鎧獣を生み出してしまった男のように、自分が生き延びることで頭がいっぱいになっている。
そんな連中がたった一枚しかないクリアプレートを巡って争い合っているという状況だけでも最悪なのに、そこに触れたら魔鎧獣が出現する偽物のプレートまで用意されたら、混沌は加速していく一方だ。
『ふふふふふふふふ……! 楽しいですねぇ! 誰も彼もが自分のことだけを考え、他者を蹴落とすことに必死になっている! 死にたくない、生き延びたい。そのためならば、自分以外の全てがどうなってもいい! 人間の醜い本性が私の手によってどんどん暴かれていくこの感覚! ……多くの人々の運命を自在に操るこの高揚感、堪りませんねぇ……!!』
そう語るアビスの目には、もしかしたら今のウインドアイランドの惨状が映っているのかもしれない。
彼の言う通り、多くの人々が自分が生き延びることだけを考え、醜い争いを繰り広げていた。
少しでもライバルを減らすために自分より弱そうな者を襲い、傷つける者。見つけたプレートを奪い合い、争う者。人間同士で争っていたところに出現した魔鎧獣に襲われ、悲鳴を上げる者。
つい数十分前まで友だった者たちが、愛し合っていた者たちが、その絆をかなぐり捨てて、自分だけが生き延びるために血眼になって争い合っている。
爽やかな風が吹く美しい島は今、地獄絵図としか言いようのない悲惨で残酷な光景が至る所で多発する、最悪の舞台となっていた。
『ふは、はは、はははははっ! 最高だ! 最高の景色だ! さあ、ウインドアイランドの皆さん! 私が用意した舞台の上で、必死に足掻いてください! 生き延びるために他者を蹴落とすのも良し! 何もできずにただただ泣きじゃくり、祈り続けるのも良し! 最後の時間をどう過ごすのかは、全てあなたたちの自由です!』
狂ったように、アビスが笑う。自分が望んだ悪夢が自分の手で作り出されていることへの愉悦をその笑みに浮かべながら、ひたすらに笑い続ける。
そうした後、不意に静かになった彼は邪悪さを滲ませた笑みを浮かべ、大きく目を見開きながら……ウインドアイランドの人々へと、静かに、されど絶望を与える声で言った。
『さあ……この地獄を、存分に楽しみましょう……!! 最期を迎える、その瞬間までね……!!』
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