アビス、登場

「なんだ、この声は……!?」


「みんなっ! 見てっ!」


 突如として響いた謎の声に反応した一同が驚いて周囲を見回す中、何かに気付いたメルトが空を指差す。

 全員がそちらへと顔を向ければ、空に投影された謎の人物の姿が目に映った。

 どこか気取った雰囲気を感じさせるその男の姿を多くの人々が目にした次の瞬間、ウインドアイランドの至る所に宙に浮いている映像と同じものが出現し始める。


「これは……投影魔法か!?」


 あの人物が自分たちに何かを伝えるためにこんな真似をしていると理解したウノが呻く中、全ての黒幕である映像の中の男は余裕たっぷりといった態度で話をしていく。


『改めまして、ごきげんよう。全ての運命を私に握られた、哀れな箱庭の皆さん。私の名前はアビス……今、あなた方が直面している騒動を引き起こし、人間を魔鎧獣に変身させる兵器、クリアプレートを制作した張本人。この素晴らしい狂乱の舞台を作り上げた、コンダクターです』


「あいつが、クリアプレートを作った張本人……!?」


「全ての事件の黒幕が、ようやくおいでなすったってわけか……!」


 堂々と名乗りを上げ、ウインドアイランドで起きていた犯罪の裏で糸を引いていたことを告げたアビスがニヤリと笑う。

 ここに至っても何を考えているかわからない彼の様子に人々が恐怖を感じる中、アビスは実に楽し気な態度で話を続ける。


『さて、皆さんもご存じの通り、今このウインドアイランドは大パニックに陥っています。まあ、全部私のせいなんですけどね。私がなぜ、こんなことをしているのかというと……この世界を支配するため、です』


「世界を、支配するだと……!?」


『私には、この世界を支配するまでの構想がある! 私に逆らう者たち全てを粉砕し、全ての頂点に立つまでの物語を作り上げるつもりです。その第一歩として、まずはこの島の皆さんに協力いただきたい』


 そう言ったアビスが軽く横に退けば、背後に眩く輝く巨大な緑の光弾が存在していることがわかった。

 人間の子供くらいのサイズをしているそれは、どこからか魔力を吸収しながら少しずつ巨大化しており……どこか恐ろしさを感じさせるその光を目の当たりにした人々が息を飲む中、アビスが口を開く。


『私は今、この島の象徴ともいえるハウヴェント城の内部に居ます。あなたたちが十分に恐ろしさを味わったであろうクリアプレートたちと、今お見せした超魔力兵器【フィナーレ】と共にね。現在、【フィナーレ】はこの島を一撃で破壊する魔力弾のチャージ中です。あと数時間もあれば、それも完了するでしょう』


「ウインドアイランドが破壊される……? あと、たった数時間で……!?」


『そして……【フィナーレ】の一撃で死んだ皆さんをゾンビとして復活させ、私の屍兵として利用させていただく予定です。強さのアピールと戦力の確保、その両方を同時に行える素晴らしい計画でしょう?』


「ふざけんなっ! 俺たちを殺して、死体を利用するだって!? そんなこと、認められるわけねえだろ!」


 アビスの恐ろしい計画を聞かされたウインドアイランドの人々が、大声で彼に反発する。

 しかし、その声がアビス本人に届くことはなく、さらにそんな人々の反応を予測していたであろう彼は楽し気に笑いながらこう話を続けた。


『無論、皆さんが拒否することも予想しています。しかし……諦めてください。皆さんにはもう、絶望しか残っていないのです。その証拠に、ほら――』


 そう言ったアビスがパチン、と指を鳴らす。

 その瞬間に画面が切り替わり、ハウヴェント城の外で戦う警備隊の姿が映し出された。


『ぐっ、ぐああああああっ!』


『がはっ! ぐっ、うぐうぅ……っ!』


「そ、そんな、警備隊が……!?」


 画面に映し出されたのは、人々にとって絶望としか言いようのない光景だった。

 自分たちを守るはずの警備隊が三体の魔鎧獣を前に敗北し、倒れ伏す姿……それを目の当たりにしたウインドアイランドの人々が言葉を失う中、続いてルミナス学園の人間たちが絶句する光景が映し出される。


『はははっ! 弱い! 弱過ぎるぜっ!』


『クリアプレートの力を手に入れた僕の敵じゃないねっ!』


『最高だ……! 今ならどんな奴だって、俺には敵わないっ!』


「なっ……!? 奴は、シアン!? それに、あとの二人は……!?」


「ウォズとトリン!? 噓でしょ!? あいつら、裏切ったの!?」


 変身を解除した魔鎧獣が人間の姿に戻った瞬間、マルコスとメルトが驚きの悲鳴を上げた。

 学園を退学になったはずのシアンと、同級生であるウォズとトリンがクリアプレートを用いて、この島を破壊せんとする黒幕に従っていることを知ったからだ。


 それは他の生徒たちも同様で、英雄候補と呼ばれていたはずの生徒があっさりと悪に堕ちてしまった姿を目の当たりにした彼らは、ただただ唖然とするしかなかった。


『ふふふ……! 既に警備隊には我々の居場所を遠回しに伝えていたんです。ああやって、皆さんに絶望を与えるためのパフォーマンスに協力していただくためにね……!』


「と、突入部隊があんなにあっさりやられるだなんて……! も、もうお終いだっ! 俺たちは死ぬしかないんだっ!」


 自分たちを守るはずの警備隊が倒されたことや、彼らを簡単に退けられるだけの戦力をアビスが有していることを知った人々が狂乱に陥る。

 そんな中、アビスは人々の反応が見えているかのようにニヤリと笑うと……天使のふりをした、悪魔の囁きを発して見せた。


『……助かりたい、ですか? だったら、一つだけ方法があります』


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