始まる舞台/残された可能性

「――アビス、アビス……!」


「ん……? ああ、ロストですか。すいません、少し考え事をしていました」


 過去を振り返っていたアビスは、自分の名前を呼ぶ声にゆっくりと目を開くと後ろへと振り返る。

 そして、そこに立っていたロストへとそう応えながら、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「考え事って、この後にどうするかってことかい? 君がわざわざ舞台の上に立ったんだ、最高のエンディングへと導くための確認をしていたと?」


「まあ、そんなところですよ。物語の結末は、私が決める……私の言葉Word一つで、好きなように世界Worldを変えられるというのは気分がいいものですよ」


 ニヤリ、と口元を歪ませながら、ロストへとそう述べるアビス。

 そんな彼の言葉に肩をすくめた後、ロストはこんな質問を投げかけた。


「ところでなんだけど、君がスカウトしてきた三人の転生者たち、いるだろう? 彼らにこの世界の全てをあげるとか言ってたけど……本気かい?」


「あははっ! もちろんですとも! 私は嘘は吐きません。協力者である彼らには、クリアプレートの力も含めてこの世界の全てをプレゼントしてあげるつもりです! ……ただし――」


 そこで言葉を区切ったアビスが、影のある怪しい笑みを浮かべる。

 愉悦と悦楽に染まり切ったその笑顔を浮かべたまま、彼は自分を見つめるロストへと言った。


「プレゼントしたこの世界を奪い合って、彼らが争わないとも限りませんがね。そうなった場合は私が上手くコントロールしてあげるつもりですよ」


「……争いを泥沼化させて、戦いの余波でこの世界を破壊させていくつもり……って意味であってるかな?」


「まあ、そんなところです。目の前の敵しか見えず、戦いを終えた時には人も物も何もかもが消え去った崩壊した世界だけが残る! そんな世界に取り残された彼らの姿を想像すると、笑いが止まらなくなるではありませんか!」


 ははは、と腹を抱えて大笑いするアビスを、ロストはどこか冷たさを感じる目で見つめていた。

 そんな彼の視線に気が付いたのか、わざとらしい笑いの演技を止めたアビスは、ロストを挑発するような口調で言う。


「まあ、あなたにとっては不服でしょうね。あのユーゴというの活躍を望んでいるあなたとしては、ここで彼の物語が終わってしまうのは残念で仕方がないはずだ。しかし……これが我々の役目ですから、納得していただかないと困る」


「……別に私は残念だなんて思ってないさ。まだ君の計画が成功すると決まったわけでもないしね」


「ほう? その口ぶりからするに、私が彼に倒されると、そう思っているのですか?」


「可能性はゼロじゃないだろう? 君にだって、まだことはわかっているはずだ」


「はははははは……っ! ロスト、あなたの言っていることは間違いではない。しかし、それが私の舞台を破壊する結果につながる可能性は、砂漠の中にあるダイヤモンドを見つけるのと同じくらい……つまりはあり得ないことだ。素直に諦めた方が落胆せずに済むというものですよ?」


「……知らないのかい、アビス? ……君がユーゴの意思と爆発力を甘く見ているとしたら、ひょっとすると足元を掬われるかもしれないよ?」


 そう自分に言ってくるロストは、本気でユーゴが勝つことを信じている。彼の眼差しが、声色が、雄弁にそれを物語っていた。

 前々から気に食わない奴だとは思っていたが……今日は特にそう思う。

 表情や仕草には出さず、内心でロストへの嫌悪感を燃やすアビスは意地の悪い笑みを浮かべながら、彼へと言った。


「それはそれは……ご忠告、ありがとうございます。では、私はそろそろ行きますので。色々と協力してくれたお礼です。あなたにもこの世界の終わりを特等席でお見せしますよ」


「……ありがとう。良き終末を、ってやつだね」


 短い会話を交わした後、アビスは闇の中へと消えていく。

 彼が去ったのとほぼ同時に姿を現したドロップは、アビスの背を見送ったままの鋭い視線を向け続けているロストへと声をかけた。


「ねえ、ロスト。本気でここからアビスの脚本をひっくり返せると思ってる? あんたが言った不確定要素って、そんなデカいものなの?」


「大きくもあるし、小さくもある。ただ、アビスの言っていることは正しい。強大な力を持つ彼の計画を阻止するには、奇跡を連続して起こさなければならないのも事実だ」


 そう言って、ロストが踵を返す。

 今から始まるアビスのショーを楽しむと思っていたドロップは、どこかに行こうとする彼へと怪訝な表情で問いかけた。


「ちょっと、どこ行くつもり? まさかあんた……ルールを破るの?」


「……さあ、どうだろうね? ただちょっと、私にはやりたいことがあるってだけさ」


「やりたいこと? なによ、それ?」


 当然の疑問を投げかけてくるドロップへと、振り向いたロストが楽し気な笑みを見せる。

 きょとんとしている彼女を真っすぐに見つめた彼は、弾んだ声でその質問に答えた。


「番組の改変期によくやる、ヒーロー映画の定番的な展開だよ」


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