【世界の終わりの始まり】

「ほら、どんな気分です? まるで虫けらのように踏みにじられ、叩きのめされる気分は? 抵抗できないでしょう? 自らの弱さを自覚してしまうでしょう? ふふふふふふ……! ははははははっ!」


「がああっ! も、もう、止めてくれ……! こ、降参する! あんたの言うことを聞くよ! だから――があっ!?」


「ひいいっ! た、助けっ! がへえっ!? も、もう、止め――ぐふうっ!」


 防御も回避もできず、ただただアビスに踏みにじられる痛みと屈辱、そして恐怖を味わうウォズとトリンが必死に許しを請う。

 敗北を認め、痛みから逃れようとする彼らは、完全に心を折られてしまっていた。


「助けて、助けてくれぇ……!」


「し、シアン、どうにかして、くれ……! も、もう、限界……ぐああっ!」


「ひひひっ! ひ、ひひひひひひ……っ!」


 そうやって許しを、助けを請う二人のことを、シアンは狂ったような目で見つめながら嗤っていた。

 少し前、自分自身も味わったアビスの恐ろしさを身を以て理解させられているウォズとトリンの無様な姿を楽しんでいる彼は、得も言われぬ興奮にゾクリと体を震わせる。


(そうだ。強い奴はああやって何もかもを踏みにじっていいんだ。アビスについていけば、俺もあいつと同じことができる。俺を追放した連中を、徹底的に踏みにじることができる……!)


 逆恨みでしかない復讐心を燃え上がらせ、その興奮にごくりと息を飲むシアン。

 そんな彼の目には傷めつけられるウォズとトリンの姿は映っておらず、二人はへし折られた心が粉々になるまでアビスに叩きのめされていく。


「ひぃ、ひぃ……」


「ふむ。もう十分でしょう。これで私の力は理解できたはずだ」


「ぐえっ、あ、がぁ……っ」


 そう言って、ようやくアビスが二人への一方的な暴行を止める。

 その言葉を合図に体を動かせるようになった二人は苦しそうに息を吐きながらのたうち回り、トリンに至っては恐怖と痛みのあまりに失禁までしながら苦しんでいた。


「な、なんなんだ、あんたの能力は……? その力は、いったい……!?」


「ふふふ……っ! 言ったでしょう? 私のクリアプレートは、全てのプレートの頂点に立つ能力だと。私の力の前では、あなたたちの全てが無力になる。そう……この【Word】の前ではね」


「【Word】……? 言葉や、単語を操る力……?」


「そう、その通りです。意外と大したことなさそうだなって思いました? でも、その力は今、あなた方が体験した通りですよ」


 アビスが明かしたクリアプレートの能力を聞いたウォズが、少しだけ意外そうな声で呟く。

 彼の思考を読んだアビスはそう言った後、自身の能力の詳しい解説を始めた。


「【Word】の能力は実にシンプル。私が指定した能力や行動を完全に封じることができるのです。例えば、斬撃や射撃を無効にすると設定したら、私にそういった攻撃は当たらないし……当たったとしてもダメージは入らない」


「能力と行動を封じるだって……? じゃ、じゃあ、俺たちの攻撃が当たらなかったのは……!?」


「そう、【Word】の能力ですよ。これを活用すればあなたたちの『動きMove』を封じることもできますし……相手が持つクリアプレートの力さえも無効化することができる」


「っっ……!」


 【Word】の恐るべき能力をウォズとトリンへと聞かせたアビスが、その途中でシアンへと楽し気な視線を向ける。

 どんな攻撃も無効化する最強のクリアプレート【Invincible】の能力すらも上回るアビスの力を前に完全敗北を喫したシアンが、彼のその視線を浴びて苦い屈辱の記憶を蘇らせる中、アビスは得意気な様子で彼らへと言った。


「言葉を支配する者は世界をも支配する! 上位に君臨する者の言葉一つで世界中の人々が混乱し、動き回る様を、あなたたちも見てきたでしょう?」


 宙に浮かぶ【Word】の文字に一画足し、【World】にしたアビスが三人の顔を眺める。

 文字通り、世界を支配する力を誇示した彼は、この場に集めた三人の転生者を見つめながら芝居がかった動きと声で言う。


「あなたたちは幸運だ! 世界を支配する力を持ち、コンダクターとして指揮を執る私の舞台に出演する権利を得られたのだから! 間もなく、私の舞台は最終章を迎えます! あなたたちには私の指揮の下、そこで演者として存分に力を発揮してもらいたい! 全てが上手くいった後は……あなたたちに、この世界の全てを差し上げましょう」


「せ、世界の全てを、俺たちに……?」


「ええ。クリアプレートの絶大な力を持ち、この世界の黒幕たる私の後ろ盾も得たあなたたちに逆らえる者など、どこにもいません。何もかもがあなたたちの思い通りになるでしょう。地位も名誉も得放題。気に入った女を我が物にしても誰も何も言わない。気に食わない人間は徹底的に叩きのめせばいい……全てが上手くいけば、あなたたちはこの世界の支配者になれるのです。ね? 幸運でしょう?」


 ニヤリと笑うアビスの言葉に、転生者たちが生唾を飲み込む。

 ここまで圧倒的な力を持つ彼に見初められ、配下として選ばれたことへの興奮と、彼についていけば何もかもが手に入るという期待に胸を躍らせたウォズとトリンは、先にアビスの手駒になったシアンと同様に激しく頷くと共に彼への恭順を誓った。


「わ、わかった。俺は、あんたの言うことに従う……!」


「世界を手に入れられる……! 全部全部、僕の好きにできる……! さ、最高だ……‼」


「ふ、ふふ……っ! 欲望に忠実なのはいいことです。私としても、ようやく十分な駒を揃えることができて安心しています。では――」


 十分な進化を遂げられなかった者たちから奪ったクリアプレートと、曲がりなりにも強い力を持つ転生者という名の配下。

 それらを得て、計画を遂行するだけの準備を整えたアビスが、【Word】のクリアプレートを使って変身し、マントを靡かせながら振り向く。


「始めましょう。この島を舞台にした、最高で最悪な地獄のショーを。脚本、演出はこのコンダクター・アビス。舞台の題名は……【世界の終わりの始まり】、です」


 そう呟いた後、狂ったようにアビスは笑う。

 この世界の全てが、自分の思うがままに動いていくことを確信する彼の笑い声が、漆黒の闇の中に延々と響き続けていた。


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