【W】

 ――ジグザグとした直線で構成されているアルファベット……【W】の文字が刻まれているクリアプレートをアビスが自らの体に突き刺す。

 その瞬間、ウォズとトリンは自分たちを襲うプレッシャーが何千倍にも膨れ上がることを感じた。


「うっ……!?」


「な、なんてすさまじい……!」


 自分たちを圧し潰さんとする重圧に息を飲み、増大する光に目を焼かれる二人。

 その光とプレッシャーが最大級にまで膨れ上がった後で、光の中からアビスが姿を現す。


「お待たせしました。どうです? クリアプレートを使った私の姿は……?」


 そう問いかけるアビスの姿は、これまでのクリアプレートの力で生み出された魔鎧獣のそれとは一線を画していた。

 白を基調にした、美しいデザイン。神々しさすら感じる純白のボディと、それとは真逆の黒いマント。手から腕にかけても長手袋を思わせる黒い模様が入っており、白と黒の境界線はWの形に酷似したギザギザとした直線で構成されている。


 何か……決定的な何かが自分たちとは違う。ウォズもトリンも、同じことを思った。

 自分たちを怪物だとするならば、アビスが変身したあの魔鎧獣はそれを屠るものだと……自分たちよりも上位の存在であると感じさせるその姿に一瞬臆した二人であったが、その気持ちを振り払うように叫ぶと彼へと言う。


「は、はっ……! よくわからねえが、お前が持ってるクリアプレートが一番強いんだろ? だったら、お前を倒してそいつを奪えば、俺はもっと強くなれる!」


「僕たちだって強くなったんだ……! この素晴らしい力をより伸ばせるチャンスが転がってるなら、挑むに決まってるだろう!」


 相手が何か異質だということは理解している。だが、こちらは二人掛かりだ。

 それも強大な力を持つ二人組。相手が何者だろうと、勝てるチャンスはある。


 自分たちを鼓舞し、その勢いのままにアビスへと挑みかかり、攻撃を仕掛けるウォズとトリン。

 ウォズが大剣を振るい、トリンが黄金の弾丸を繰り出す中、アビスは一切の防御や回避の構えを見せずに悠々と彼らを待ち受ける。


「うおおおおおおっ! 死ねぇえええっ‼」


 咆哮。ウォズが殺意を漲らせながら渾身の一撃を叩き込む。

 トリンの射撃に合わせ、アビスへと上段から全力を以て大剣を振り下ろした彼は、己の勝利を確信していたのだが……そんなウォズの目の前で、不敵な笑みを浮かべたアビスが口を開く。


「無駄ですよ。『斬撃Slash』も『射撃shooting』も、私には通用しない」


「なっ……?」


 ――その言葉を耳にしたウォズが、目の前の光景に愕然とした。

 振り下ろすはずだった自分の大剣が、トリンが放った黄金の弾丸が……アビスに直撃する寸前でその動きを止めているのだ。


 どれだけ力を込めても、まるで見えない壁に阻まれているように剣がそれ以上下に押し込めない。

 弾丸も完全に空中で静止し、トリンの命令に逆らうように一切の動きを放棄している。


(なんだ、これは!? どうして攻撃が……!?)


 自分たちの攻撃が防がれていることはわかった。しかし、アビスは攻撃を防御するような構えは一切見せず、その場で起立しているだけだ。

 それなのに、自分たちの攻撃が通用しない。全身全霊を込めても、アビスは余裕の態度を崩さずにただただ立ち尽くしているだけだ。


「さて……そろそろ私も攻撃しましょうか。痛いと思いますが、我慢してくださいね?」


(マズい……っ!)


 緩く、されど強く……アビスが拳を握り締めながら目の前のウォズへと言う。

 その様子から本能的に危険を感じ取ったウォズは、左腕を変形させて盾を作り出し、それで攻撃を防ごうとしたのだが……?


「『防御Guard』など無意味です。諦めて、痛みを受け入れなさい」


「は? あっ、がっ……!?」


 左腕の盾で防いだはずの攻撃の衝撃が、胴体に伝わってきた。

 確かに、アビスの拳は盾で阻んだはずなのに……何故か、直撃していない胴体にすさまじい痛みと衝撃が響いてくる。


 まるで意味不明の状況だった。衝撃波やダメージの貫通といった、そんな小手先の技術とは思えない能力だった。

 呻きを上げ、殴り飛ばされた痛みを味わいながら吹き飛んだウォズは、背後にいたトリンを巻き込んで地面へと転がる。


 二人には、いったい何が起きたのか理解できなかった。ただ、何か想像を超えた恐ろしいことが起きたということだけはわかっていた。

 防衛本能のままに転がった状態から立ち上がり、体勢を立て直そうとするウォズとトリンであったが……そんな彼らの耳に、アビスの声が響く。


「動くな。そのまま、這いつくばっていなさい」


「がっ……!?」


「な、なんで……? 体が、動かな……っ!?」


 その命令を耳にした瞬間、ウォズとトリンの動きが止まった。

 わずかに指先や首などを動かすことができるが、体が強張った状態でほとんど動けなくなってしまったことに驚愕する二人の下へと、アビスが近付いてくる。


「ふ~ん。ふん、ふん。ふふふ……ふんっ!」


「おぐえっ!?」


「がはぁっ!」


 興味深そうに唸り、頷いた後、おもむろに地面に這いつくばるウォズとトリンの体を踏みつけるアビス。

 真っ黒な地面にひびが入るほどの力で踏みつけられた二人が悲鳴を上げ、痛みに悶える中、何も抵抗できない哀れな二人をアビスは徹底的に嬲っていく。


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