ニチアサに温泉回はないって!(銭湯回ならあった)

「は~い! みんな、くつろいでる~?」


「どえええっ!? め、メルト!? ななな、なんで男湯に!?」


「なんでって、折角の機会だし、頑張った野郎どもの背中でも流してやろうって話になってね~……嬉しいだろう?」


「アンっ!? っていうか、みんないる!?」


 ガラガラと音を響かせながら男湯の扉を開けて入ってきた女性陣を目にしたユーゴが素っ頓狂な叫びをあげる。

 流石に彼女たちも裸ではなく、修学旅行初日に海で見せた水着姿ではあったが……男湯に女子たちが乗り込んできたことに、ユーゴたちも驚きを隠せないようだ。


「ちょっ!? ヤバいって! いくら貸し切り状態だからって、マズいって!」


「大丈夫、大丈夫! ホテルの人たちには許可取ったしさ!」


「大丈夫じゃねえよ! ってか、その口ぶりだと先生たちには言ってねえだろ!?」


「まあまあまあ、細かいことは気にしないで。ほら、背中を流してあげるわ」


「気にするって! 色々と無理だって!」


「安心しろ、ユーゴ。フィーの前だし、アタシたちもそこまで過激なことはしないよ」


「少しでも過激な真似をしてほしくねえんだよ! っていうか、今すぐに出ていってくれればそれでいいんだって!」


「ふ~む……サラシとふんどしだとほぼ服でござるからな。これで風呂に入るのは違和感があるでござる」


「まず男湯に入ってることに違和感を覚えろ!」


「はぁ、はぁ……! し、師匠の筋肉……‼ ごくりっ!」


「ミザリー? お前は何を息を荒げてるの? もう本当にツッコミが追い付かなくなるから止めてくれる!?」


 もはやツッコミどころしかない女子たちの奇行に振り回されるユーゴの盛大な叫びが響く。

 わいわいと騒ぐ彼女たちの餌食になっているユーゴのことを同情の眼差しで見つめていたマルコスであったが、彼もまた他人事ではないようだ。


「うお~い! マルコス~! やっと一緒にお風呂に入れるね~! 嬉しい、嬉しい~!」


「なっ!? え、エレナ!? お前までいるのか!?」


「もちろんいるよ~! メルトたちに誘われて、みんなでお風呂に入ることになったんだ~! というわけで、私も――」


「ま、待てっ! 水着姿のまま湯船に入るな! そういうのはマナー違反だぞ‼」


 囮作戦の時からなんでかこの場に参加しているエレナがこのわちゃわちゃの騒ぎにも加わっていることに驚くマルコス。

 余計なことをしてくれたとメルトたちに心の中で怒りを燃やしながらエレナを制止する彼であったが、その言葉を受けたエレナは自分の姿を見た後、こう返してくる。


「あっ、そうなんだね? じゃあ、脱げばいいか!」


「いや待てっ! どうしてそうなる!? コラ! 脱ごうとするな! 男も子供もいる前なんだぞ!? 慎みを! 慎みを持て‼」


「お前ら! 子供が見てることを忘れるな! こんな亜種水着回、ニチアサじゃ放送できねえって!」


 恥じらいというものを一切感じさせない女子たちに対する、マルコスとユーゴのツッコミが響き渡る。

 それでも、といった感じでASMRよろしく左右から挟み込むようにしてユーゴの背中を洗おうとするメルトとセツナだったり、風呂に入ろうと水着を脱ぎ捨てようとしてマルコスに必死に止められているエレナだったりを横目に見ながら、フィーはこっそりと一番被害が軽そうなリュウガの下に近付いていく。


「あ、あの、ピーウィー? 私たち、どうすればいいかな……?」


「い、意外といい体してるわね……‼ 細マッチョフィーバーもそうだけど、美ショタとムキムキの美青年のツーショットっていうのもなかなかに趣があって乙なもの……‼」


「ぴ、ピーウィー? あの、もしも~し?」


 なんだか一瞬、恐ろしい会話が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。

 そうやってひっそりとリュウガへと近付いたフィーは、この喧騒の中でも一人だけ静けさを保っている彼に声をかける。


「あの、リュウガさん。僕、ここにいても大丈夫ですか……?」


「大丈夫っていうか、むしろ出ていかなくて大丈夫かい? 逆セクハラに巻き込まれるかもしれないよ?」


「その辺りのことはメルトさんたちを信用してますし……僕が出て行ったら、それこそ兄さんたちがもっとひどい目に遭うかもしれないので……」


 自分の質問に対して、リュウガが優しい声で答えてくれたことに安堵するフィー。

 そのまま、彼の横に並んで騒ぐ兄たちの姿を見つめる中、リュウガが話しかけてきた。


「本当に……馬鹿げた騒ぎだ。さっきの覗きをしようとしていた連中じゃないが、浮かれ過ぎだと思うよ。だけど、この賑やかさを悪くないと思っている自分もいる」


「……僕もです。少し前、兄さんが勘当された時は本当に心配だったけど、今ではこんなに多くの友達に囲まれてるんだなって、そう思いました」


 片や決闘に負け、家から勘当されてすべてを失った男。

 片や遠い異国の地からやって来て、復讐を振り切ってかけがえのない友を得た男。


 似ているようで違う、されど一度は孤独に陥ったという境遇を持つ二人の男たちがこうして多くの友人に囲まれていることを思うと、なんとも数奇な運命を感じてしまう。

 同時に、こんな賑やかな日常も悪くないと……そう思えるだけの穏やかな心を持てるようになったリュウガは、目を閉じて微笑みながらフィーへと言った。


「……もう既に、普通の修学旅行という感じではないが……全てが終わった後、楽しかった思い出として振り返れるようになればいいな。かけがえのない友達との、青春の一幕としてさ」


「……そうですね。僕も、そう思います」


 魔物や魔鎧獣と何度も戦ったり、変な事件に巻き込まれたり……リュウガの言う通り、自分たちはもう既に普通の修学旅行とはかけ離れた日々をこの島で過ごしている。

 だけど、クリアプレートを用いた犯罪も下火になりつつある今、全ての事件が解決するのもそう遠くないのではと思ってしまうのだ。


 兄たちが守る平和で幸せな日々……その先にある明るい未来を想像したフィーが、微笑みを浮かべる。

 騒動はありつつも、楽しい毎日がこれからもずっと続けばいいと……無垢な彼はそう願っていた。






 ……しかし、神にはそんな少年の願いを叶えるつもりはなさそうだ。

 今、この瞬間……物語の裏でを名乗る男が己の計画を成就させるべく動いていることを、ほとんどの人々が知らずに過ごしている。


 そしてそのコンダクターは、今回の失態で最底辺にまで堕ちたあの男たちを手駒として操るべく、行動を開始していた。


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