天馬一射!

「ら、らぜそれをっ!? あべべっ‼」


 完全に姿を現した緑色の魔鎧獣が、口から血を吐き出しながら舌っ足らずなしゃべり方で言う。

 目の近くにこびり付いた虹色以外のほとんどの部分が緑色をしているその魔鎧獣は、困惑と恐怖に染まった瞳をギョロギョロと動かしながらユーゴたちを見つめていた。


「なるほど。正しくは透明になっていたのではなく、保護色で身を隠していたということか」


「さっきから攻撃に使ってたのは舌だな。鞭みたいに使って、邪魔者をぶっ飛ばしてたんだろうよ」


 ようやく姿を見せた魔鎧獣と対面したマルコスがそう呟けば、ユーゴが手にしている敵の舌をその辺に放り投げる。

 体表の色を変え、周囲の風景に溶け込むことで見えなくなる能力を持つカメレオンであるが、まさか舌まで透明にできるとは思わなかった。


 しかし、これがクリアプレートの力というやつなのだろうと、常識を超えた力を持つアイテムの能力によって異質な力を得たその魔鎧獣へと、ユーゴが改めて脅しをかける。


「今度こそ終わりだ。もうお前の能力はわかったし、攻撃手段もこの通りだ。大人しく投降して、罪を償え」


「ひぃ、ふひぃ……!」


 凶悪な能力を持つ犯罪者ではあるが、現時点での主な犯行は覗きだ。

 ウォズたちへの暴行も犯罪といわれればそうではあるが、まあそこは見ないふりをしてもいいだろう。


 今、素直に投降すれば、悪いようにはしないと、これ以上罪を重ねる前にカメレオンの魔鎧獣へと投降を呼びかけたユーゴへと、がっくりと項垂れた相手が言う。


「わ、わかった……! 言うとおりにする……!」


「よし、だったらまず変身を解くんだ。そんで、持ってるプレートを俺たちに渡してくれ」


 素直に相手が投降すると言ってきたことに、安堵の表情を浮かべるユーゴ。

 変身を解除し、クリアプレートを渡すように指示を出したところで、露天風呂の中からメルトたちが声をかけてきた。


「ユーゴ、どうなったの? なんか、すごい騒ぎになってたけど……!?」


「安心してくれ、メルト。ちょっと予想外のハプニングはあったが、犯人も投降したし、無事に解決――あっ!?」


 囮役を引き受けてくれた女子たちへと、無事に犯人を確保できたことを伝えたユーゴが、外していた視線を魔鎧獣の方へと戻す。

 そして、変身を解除した相手の姿を確認しようとしたのだが……なんとまあ、そこでがっくりと項垂れていた犯人の姿が忽然と消えているではないか。


 一瞬、ユーゴたち三人の視線が自分たちから露天風呂の方に向いたタイミングを見計らって、見苦しくも逃亡を図ったカメレオンの魔鎧獣であったが、その目には目立つ虹色の塗料がこびり付いたままだ。

 姿を消し、夜の闇に紛れようとしている彼の姿をばっちりと両目で捉えていたユーゴは、拳を握り締めながら唸る。


「あ、あの野郎っ! 嘘吐きやがったな!? 大人しく捕まる気、ゼロじゃねえかよ!」


「どうする? 僕が叩き斬ろうか?」


「いや、俺がやる。つーわけでマルコス! ギガシザースを構えてくれ!」


「なに? 急に何を……うおおおおっ!?」

 

 必死に逃げようとしているカメレオンの魔鎧獣であるが、もうほぼ詰みの状況に嵌っていた。

 それでもと足掻く彼に手ひどく裏切られたことに対する怒りに燃えるユーゴは、マルコスに指示を出して構えさせたギガシザースへと強烈なキックを叩き込む。


「ユーゴ、貴様っ! 私は八つ当たりするためのサンドバッグじゃないんだぞ!?」


「わかってるよ! ってか、八つ当たりじゃねえって! 前に蟹の魔鎧獣を相手にした時のこと、覚えてるか?」


「ん……? ふっ、なるほど、そういうことか!」


 突然、ユーゴに蹴り飛ばされて怒り心頭だったマルコスであったが、彼の言葉から何をしようとしているのかを読み取ると共に再び盾を構える。

 マルコスが構えたギガシザース目掛けて跳躍し、それを足場として踏ん張ったユーゴは、脚に魔力を込めて強化しながら思い切り飛び上がった。


「行ってこい! 【ゴールデン・リフレクション】!!」


「サンキュー、マルコス! 超変身っ!!」


 黄金の光と共に波動を放ち、それによって大きく自分を押し上げてくれたマルコスへと感謝を述べながら、ブラスタを纏うユーゴ。

 遠距離攻撃用の形態である【緑の鎧】を纏った彼は、その手に愛銃であるブラスターボウガンを握り締めると、逃亡を続ける魔鎧獣へと狙いをつける。


「このドスケベ野郎が! いい加減、自分のしたことを反省しやがれっ!!」


 狙撃用のスナイパーモードで照準を合わせつつ、銃口に魔力を集中させる。

 必死に逃げ惑い、どうにかしてこの場を切り抜けようとする覗き魔の背中に狙いを定めたユーゴは、怒りの叫びと共に上空から風の弾丸を発射した。


「そこだっ! 【ペガサス・ブラスター】!!」


「ぐがっ!? あ、あが、がああああああああああっ!?」


 超圧縮された風の弾丸が、魔鎧獣の背中を貫く。

 騒ぎを聞きつけ、現場へと駆け付けた警備隊員の前に姿を現した覗き魔は、そのまま両手で空を切りながら数歩よろよろとした足取りで歩いた後……弾丸に込められていた魔力によって、大爆発を起こした。


「いよっしゃぁ! 命中っ! これで覗き魔も無事に確保……あれ?」


 見事に一発で魔鎧獣を仕留めたことに空中でガッツポーズをするユーゴであったが……そこで彼は、とても大事なことに気付いた。

 自分たちを騙して逃げようとした魔鎧獣への怒りで頭をいっぱいにしていたせいでうっかりしていたが……この後自分は、どう着地すればいいのだろうか?


 いや、着地自体は問題なくできそうではあるが、気になるのは落下地点だ。

 結構高く飛んだのと、射撃の反動と風によって後方へと流されていくことを感じるユーゴが慌てる中、地上のリュウガとマルコスがそんな彼を見つめながら呟く。


「おい、ちょっと待て。あいつ、こっちに落ちてきてないか?」


「僕に質問しないでも、見ればわかるだろう?」


「わわわわわ~っ!? わ~っ!? わ~っ!?」


 段々と大きくなるユーゴの声を聞きながら、少しずつこちらへと落ちてくる彼の姿を見つめながら、リュウガとマルコスがその落下地点を予想する。

 そして……マズいことになりそうだと顔を見合わせたタイミングで、ユーゴが見事に露天風呂を囲う塀を破壊しながら地面へと落下してきた。


「い、いでぇ……! お、落ちる最中に紫の鎧に変えといて良かった……!」


「良くないぞ、ユーゴ。そのせいで重さが増して、塀が滅茶苦茶だ」


「うん、まあ……君にとってはいい形かもしれないけどね」


 ドンガラガッシャ~ン! というギャグマンガのような大きな音を響かせながら地面へと落下したユーゴがむくりと起き上がれば、少し離れた位置でこちらを見やるリュウガたちと目が合った。

 その意味深な言葉を聞き、自分が落下しながら破壊した物が何であるかに気付いたユーゴが、おそるおそる背後を振り返ってみると――?


「ちょっ!? ユーゴ、大丈夫!?」


「空から落ちてくるだなんて、何があったの?」


「おいおい、なんか見知った顔の連中がそこらに転がってるぞ? いやまあ、いやに騒がしいとは思ってたんだがな」


 ――誰もが想像した通り……そこは女風呂であった。

 見事にそこに落下し、塀を破壊してしまったユーゴを心配するように作戦に協力してくれた女子たちが近付いてくる中、彼女たちに囲まれるユーゴは完全にフリーズしてしまっている。


「う~む……雰囲気的に覗き魔は一人じゃなかったようでござるな。これはとんださぷ、さぷ……あれ?」


「もしかして、サプライズ……ですか?」


「そうそう! それでござる! ネリエス殿、ありがとうでござる!」


「流石はユーゴ師匠、マルコスさんとリュウガさんがいたとはいえ、この数の犯人を逃さずに制圧するとは……!」


「あっ、マルコス~っ! ちょうどいいから一緒にお風呂入ろうよ~! みんなで入れば楽しいよ~!」


「馬鹿がっ! そんな慎みのない姿を見せてないで、さっさと体を隠せっ!」


 のんきに会話をしている女性陣ではあるが、全員が全員全裸なのである。

 多少なりともタオルで体を隠している者もいるにはいるが、マルコスにツッコまれたエレナをはじめ、ほとんどの女子たちが状態で平然と裸を曝け出しているのだ。


「りゅりゅりゅ、リュウガさんっ!? あ、その、あ、きゃあああっ!!」


「ちょっとユーゴ!? 何なのよこの展開はっ!? っていうか、いつまでもボーっとしてないで出てけ~っ!」


「ほげえっ!?」


 数少ない普通に恥じらっている女子であるライハとピーウィーの叫びがこだまする。

 魔力を込めたタライを投げられたユーゴは、こっちが正しい反応だよなと思いながら……相棒と好敵手と一緒に覗き魔たちが見ることができなかった天国をばっちりとその両目に収めるというラッキースケベを体験するのであった。


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