クリア・レインボー作戦!

 クリア・レインボー作戦……少し笑えてしまう名前だが、シェパードは大真面目なようだ。

 机の上に地図を広げ、露天風呂やその周囲の地形をユーゴたちに解説しながら、彼は作戦の内容について説明していく。


「今回の犯人は姿を消す能力を持っている。それが完全に透明になる能力なのか、保護色を使って風景に溶け込んでいるのかはまだ判断ができない。だが、水を浴びたら体の輪郭が浮かび上がったということは、周囲からの接触は間違いなく受けるということだ。だから、これを使う」


 コン、と音を響かせながらシェパードが机に缶のような物を置く。

 中身が何かの塗料であると察したユーゴたちへと、シェパードは話を続けていった。


「これは民間の防犯用グッズにも使われている塗料だ。一度体に付いたらそう簡単には落ちないし、目では落ちたように見えても特殊な魔力を発しているから、それを辿っての追跡もできる」


「こいつを犯人にぶっかけて透明化の能力を封じつつ、追跡を可能にしようってことですね?」


「そうだ。レインボーカラーだからかなり目立つし、体表の色を変化させてごまかそうとしても七色全てに対応するのは不可能だろう」


 確かにそういうことならばこいつはかなり有効な手になると、シェパードの話を聞いたユーゴが頷く。

 自分は変身したことがないからわからないが、魔鎧獣になっている最中は実質裸みたいなものだし、一度体に浴びたら服を脱いで逃走ということもできないはずだ。


 問題は、これをどう犯人に浴びせるかという部分であるが、シェパードはしっかりとその辺りのことも考えてあるようだった。


「まず、大浴場に少人数ながらも定期的に女性捜査官を警備と確認という形で派遣する。そうすることで警備隊との接触を嫌うであろう犯人を露天風呂への覗きに誘導するんだ。このホテルの露天風呂には遠くからの覗きを防止するための結界が貼ってある。つまり、中を覗くためには近距離か内部に潜入しなければならないということだ」


「露天風呂を覗こうとしたら、犯人は間違いなく俺たちの手の届く範囲に入ってくるってことか……」


「しかし、大浴場での失敗もある。小心者である犯人は露天風呂内に侵入することを避けるだろう。念のために我々警備隊も従業員に扮して作戦決行前に露天風呂をチェックするが、ほぼ間違いなくこの塀を上るなりなんなりして犯行に及ぶはずだ。だから、敢えてそこに穴を作っておく」


「穴って……警備上の隙とかって意味じゃなく、正真正銘の覗き穴ってことですか?」


「ああ。遠くからの覗きが不可能だと判断した犯人は姿を消す能力を用いて露天風呂の近くまでやって来る。塀を上ろうとしたところで空いている穴に気付けば、まずはそちらを使おうと考えるはずだ」


 犯人は小心者であり、一度失敗を経験しているからこそそうするであろうという行動のシミュレートに、ユーゴたちが感心する。

 しかし、どうしても気になった部分があったユーゴは、手を挙げると共にシェパードへと質問した。


「すいません。相手の行動を予測した上で作戦を立てるのはいいんですけど、その作戦だと犯人に露天風呂に入ってる人たちが覗かれちゃいますよね? そこがどうしても気になるんですけど……」


「大丈夫だ。犯人確保のためとはいえ、わざわざ相手の願いを叶えてやるつもりはないさ。塀には登れないように結界を張っておくし、穴に関しても仕掛けを施して中の様子が伺えないようにしておく。覗き対策はしっかりとさせてもらうつもりだ」


 しっかりと覗かれてしまうことへの対処も考えてあったシェパードの返答に、ユーゴが胸を撫で下ろす。

 それならばと安堵する彼へと、シェパードはこう続けた。


「しかし、それでも万が一ということもある。何も知らない女子生徒たちを利用するのは忍びない。女性の警備隊員を囮とする案も考えたのだが、今の状況では大量の人員を割く余裕もなくてな……」


「なんだ、だったら問題ないですよ! 私たちが囮になりますから!」


 残っている問題として、覗かれるリスクを踏まえた上で囮になってくれる女性たちをどうするか? という部分に触れたシェパードへと、大きく手を挙げたメルトが立候補する。

 彼女だけでなく、アンヘルやヤマトの三人も囮になるつもりのようで、誰もメルトの意見に反対しなかった。


「こんなナイスバディの美少女たちが揃ってるんだ。犯人もウキウキ気分で覗きに来るだろうさ。ルミナス学園の女学生でもあるし、アタシたちが囮に打ってつけだろ?」


「露天風呂内に潜入されたとしても、拙者たちも腕に覚えがあるでござるからな! 熱々のお湯をぶっかけてやるでござるよ!」


「リュウガさんたちのことを信用していますし、犯人を確保するためになら、私も協力させていただきます!」


「ただ、私たちだけじゃあ人数が少な過ぎるわね。もう少し数を増やすために、協力してくれそうな子に声をかけてみましょうか」


「お、お前ら、本当にいいのか? シェパードさんたちが対策してくれてるとはいえ、危険だってあるんだぞ?」


「大丈夫だよ! ユーゴのこと、信じてるからさ! 私たちが覗かれる前にユーゴが犯人を捕まえてくれるでしょ? だから、大丈夫!」


 ニッと笑って親指を立てたメルトが、心配するユーゴへとそう答える。

 彼女たちの意思が揺らがないことを見て取ったユーゴが緊張感を高めつつも力強く頷く中、話を聞いていたシェパードが口を開いた。


「……勇敢な君たちの提案に、心から感謝する。では、女性陣は露天風呂内で囮を、男性陣はその周囲で覗きに来る犯人を確保するために待ち伏せる。穴は離れた位置に三つほど開け、それぞれを一人が担当して監視する……これで大丈夫か?」


「大丈夫です! メルトたちのためにも、きっちり犯人の身柄を押さえないとな……!!」


 パンッ、と握り締めた拳を掌に打ち合わせ、気合を入れるユーゴ。

 かくして、卑劣な覗き魔を確保するための作戦、『クリア・レインボー作戦』が幕を開けるのであった。

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