side:シアン(無敵の力を手に入れたはずだった男の話)

「ふむふむ、なるほど……やはり強力な能力でしたね」


 ――場面は変わり、再びゴミ廃棄場。

 静かにほくそ笑みながらそう呟いたアビスが、独り言のように話を続けていく。


「【Invincible】……相手の攻撃によるダメージを物理、魔法問わずに完全にシャットアウトする能力。文字通り、使用者を無敵の男にしてくれる、非常に強力なクリアプレートでしたが――」


 そう言いながら視線を下に向けたアビスが、目を細めて邪悪な笑みを浮かべる。

 自分の足の下、そこで呻く惨めなボロ雑巾を見つめながら、彼は実に楽しそうに話を続けた。


「――やはり、私の敵ではありませんでしたね」


「うっ、ぐあっ……! ぐはあっ!?」


 アビスに踏みつけられ、徹底的なまでに敗北感を味わわされたシアンが痛みに呻きながら直面した現実を受け止められないとばかりに首を振る。

 ほんの少し前まで【Invincible】のクリアプレートを手にして有頂天になっていた彼は、今や完全敗北を喫した上にアビスに蹴り飛ばされたまま、立ち上がれないほどに痛めつけられてしまっていた。


「う、嘘だ……! 最強のクリアプレートを手にした俺が、負けるはずが……」


「ふふふっ! 最強のクリアプレート、ねえ……」


 相手の攻撃を無効化する【Invincible】のクリアプレートを手に入れ、無敵の力を手にしたはずだった。

 その自分が、完膚なきまでに叩きのめされ、呆気なく敗北したという事実に打ちのめされるシアンを、アビスが嘲笑う。


 【Invincible】が最強のクリアプレートだという情報も、そもそも本来の【ルミナス・ヒストリー】に存在していなかったクリアプレートの知識を与えたのも、全てはこのアビスだ。

 つまりは最初から最後までシアンは彼の操り人形でしかなくて、何もかもがアビスが思い描いた通りに動く彼が上位の存在に勝てるはずがなかったのである。


(まあ、知らぬが花というやつでしょう。全ては私の計画通り、あとは――)


 全て、自分の掌の上で踊らされているということをシアンに伝えてやる必要なんてない。

 彼をただの駒として、自分が描く物語の登場人物の一人として利用するつもりのアビスは、邪悪な笑みを浮かべながら怯える蹲るシアンへと歩み寄っていく。


「ひっ……! ま、待ってくれ……! こ、殺さないで――」


「ふっ、ふふっ……! 大丈夫ですよ。あなたを殺したりなんかしません。そのつもりなら、もうとっくにそうしてる。無能で無様で無価値なあなたにもそれくらいはわかるでしょう?」


 徹底的な嘲りの言葉を投げかけられても、シアンには反抗する気力や怒りの感情は湧いてこなかった。

 ただ目の前の自分より圧倒的に強い相手に対する恐怖と、死にたくないという思いだけを抱いている彼を見下しながら、楽し気にアビスが言う。


「あなたは幸運だ、この私に見初められたのだから。シアン・フェイル……私に服従を誓いなさい。そうすれば、あなたは生かしてさし上げましょう。【Invincible】の力も、もちろんそのままにしてあげます。そして……上手くいけば、あなたはこの世界の王になれる」


「えっ……!?」


 突然のアビスの言葉に、目を見開いて驚くシアン。

 殺されるどころか、命令さえ聞けば自分をこの世界の王にしてくれると、クリアプレートの力もそのまま与えてくれるという言葉に唖然とする中、アビスが選択を迫る。


「もちろん、ここで私の提案を拒むのも選択肢としてはありでしょう。しかし、その場合は……自分がどうなるか、わかっていますよね?」


「うっ……!」


「さあ、どうしますか? 服従か、それとも死か。あなたはどちらを選びますか?」


 どう足掻いても、自分はアビスに勝てない。

 【Invincible】の力すらも凌駕する彼のクリアプレートの能力は、文字通り無敵を超えたチートだ。


 しかし、そんな相手が自分をこの世界の王にしてくれると言ってきた。服従さえ誓えば、自分は望むものを何でも手に入れられる。

 この力があれば憎きユーゴたちや自分を追放したルミナス学園の連中を叩きのめせるし、気に入った女の子を自分のものにもできる。その自由を、この謎のチート大魔王が保証してくれるとあれば、誘いに乗らないなんて選択肢はない。


「わ、わかった。あんたの言うことを聞くよ。だから、だから――!!」


「素晴らしい。愚かで醜い人間らしい、欲望に満ちた判断ですね。歓迎しますよ、シアン・フェイル。私の手駒として、舞台を盛り上げてくださいね」


 何もかもが予定通りに進んでいることに満足気な笑みを浮かべるアビス。

 クリアプレートに関する知識や手に入れてほしい能力をシアンに植え付けた甲斐があったと、自分の活躍を見ている観客オーディエンスたちにこれから何かが起きるという期待を抱かせるいいデモンストレーションになったとほくそ笑む彼であったが、すぐにその笑みを引っ込めると物思いに耽る。


(しかし……これではまだ駒が足りませんね。わかっていたことではありますが、もう二、三人は駒がほしい)


 シアンの無敵の能力は強力だ。おそらく、今のユーゴたちでは彼を倒すことはできないだろう。

 ただし、突破となれば話は別だ。倒せないなら足止めでもいいし、最悪無視をしてしまうというのも手段として残っている。


 ユーゴたちはシアンを倒せないが……シアンもまた、彼らに勝てない可能性が高い。

 自分が思い描く計画のためには、もう少し手駒が必要だと改めて考えたアビスは、顔を上げると共にシアンへと言う。


「もう少し、舞台で踊ってくれる演者が必要になりました。彼らをスカウトしに行きましょう」


「す、スカウトって、どうやって……?」


「決まっているでしょう? あなたにしたのと同じですよ。彼我の実力差を理解させ、力で屈服させる……それが一番手っ取り早く、そして盛り上がるのですからね」


 まだ自分の力を見ていない観客もいるだろう。彼らに対して、もう一度説明の場を設ける機会にもなる。

 シアンにそうしたように、目を付けた英雄候補たちを叩きのめし、自分に服従を誓わせるために……自分の絶対的な操り人形となった男を連れ、アビスは闇の中に姿を消した。


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