覗き魔が出た!?

「はぁ? 覗きぃ? おいおい、暇な奴がいるもんだなぁ……」


 メルトからの報告を受けたユーゴが呆れ顔を浮かべながらぼやく。

 決して、被害に遭った女子たちを軽んじているわけではないのだが、直前に男子たちで話していた内容が島全体を恐怖のどん底に突き落とす巨大犯罪についてのものだったため、その落差のせいでこんな反応になってしまっていた。


「はぁ~……ウインドアイランドで恐るべき犯罪が多発している状況でも、こんな馬鹿げた軽犯罪はなくならないというわけか。喜ぶべきか、悲しむべきか……」


「呆れるでいいんじゃないか? どこのどいつかはわからないが、ユーゴの言う通り、暇な犯人だね」


「のんびり話してる場合じゃないって! 犯人、まだ捕まってないんだよ!?」


「そうなのか? ってか、誰か覗き魔の顔とか見てねえの?」


「それが、奇妙な話なんだけど……誰も犯人の顔は見てないの。だけど、間違いなく覗かれていたのよ」


「うん……? 犯人は見てないのに、覗かれてたのはわかった? どういうことだ?」


 ちょっとばかし不可解なセツナの説明に、眉をひそめながらユーゴが質問する。

 彼の問いかけに対して、実際に自分たちが目撃したわけではないがと前置きした上で、女性陣は聞いた話を伝え始めた。


「覗き魔が出たのは、大浴場の方みたいだ。さっきも言った通り、アタシたちの前のグループが見つけたらしい」


「大浴場には窓もあったとは思うけど、普通に覗き対策とかはしてあるだろ? 外から覗くのって相当難しくねえか?」


「違うんでござるよ、ユーゴ殿! 犯人は外からではなく、中から湯浴みする女子たちを覗いていたんでござる!」


 覗き、というのだからてっきり露天風呂の柵を超えたり、窓からこっそりと中の様子を窺ったりといった方法を想像していたユーゴであったが、サクラはそんな彼の考えを根幹から覆す情報を伝える。

 それはもう覗きというより女風呂への不法侵入じゃないかと驚きながら思うユーゴの前で、リュウガが女性陣へと質問を投げかけた。


「覗き魔は堂々と女風呂に入ったということか? 大勢の女子たちと一緒に、誰にも気付かれずにか? 流石にそれは無理があるだろう」


「私たちもそう思いました。ですが、どうやら犯人は普通ではないみたいなんです」


「……普通ではない? どういう意味だ?」


「言葉通りの意味! そいつ、多分人間じゃない!!」


 これまた意味不明なメルトの解説ではあるが、ユーゴたちは今度は怪訝な表情を浮かべることはしなかった。

 人間ではない覗き魔は、魔鎧獣である可能性が高いと彼女が言いたがっていることに気付いたからだ。


「本当に偶然、一つ前の女子たちが見つけたらしいの。悪ふざけでお風呂のお湯をかけ合ってる最中に、壁に飛び散ったお湯が変な垂れ方をしていることに気付いた。それで、よく観察してみたら――」


「人みたいな形をした何かが、壁に張り付いてたんだって! そのことに気付いてパニックになっている最中に、犯人は逃げだしちゃったみたいでさ……」


「なるほど。だから覗き魔が居たことは確かだけど、誰も顔を見てないってことか」


 先の奇妙な報告の理由に納得したユーゴが大きく頷く。

 同時に、腕を組んで何かを考えていたマルコスが目を伏せながら口を開いた。


「ということは、相手は透明になる能力を持つ魔鎧獣ということか。その能力を使って覗きとは、ふざけているというか欲望に正直というか……」


「なあ、犯人は魔鎧獣じゃなくって、透明になれる魔道具を持ってる人間ってことはないのか?」


「こういう宿泊施設の風呂場には、覗き防止のために姿をくらます魔道具の力を消す魔法や魔道具が設置されてる。だから、まずそれはあり得ないだろうね」


「ってことはやっぱり、犯人は魔鎧獣か。で、野生の魔鎧獣が覗きなんて真似をするはずがねえから……」


「十中八九、人間が変身したものだ。クリアプレート所有者である可能性も高い」


 状況や行動、タイミングから考えても犯人はクリアプレート所有者である可能性が高いと結論付けた一同の間に、緊張感が走る。

 副作用のこともそうだが、大勢の女子たちにバレずに女風呂に侵入できたそのステルス能力は冷静に考えるとかなり恐ろしいものだ。


 これが大勢の女子たちへの覗きに使われたからまだ良かったものの、場合によれば魔道具どころか服の一つも身につけていない女子たちを急襲することだってできた。

 誰か一人にターゲットを絞ればその人物を誰にも気付かれないようにストーキングし、隙を見て襲うことだってできたはずだ。


 他にも泥棒や暗殺といった幅広く扱えるその能力は、現時点でも十分に驚異的といえる。

 むしろ、覗きという軽犯罪の中で存在が発覚して良かったと、そう思わざるを得ないレベルだ。


「放っておくわけにはいかねえよな。ただ、問題は――」


「そいつがどこにいるかもわからないってことだ。覗きがバレた以上、また同じ場所に戻ってくるとは考えにくい」


「あとはプレートの能力もだな。姿を消す能力というのは、案外どうとでも解釈できるものだ。残っているプレートのアルファベットから推察はできそうだが、果たして……」


 覗きという軽犯罪ではあるが、これがエスカレートしたら大変な犯罪につながる可能性があると判断したユーゴたちが、真剣に会議を重ねる。

 とりあえず、捜査の素人である自分たちよりもプロに話を聞いた方が良さそうだと考えた一同は、先ほど通話を終えたばかりのシェパードへとこのことを報告することを決め、彼の到着を待つのであった。

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