side:シアン(無敵の力を手に入れたはずの男の話)

「やった、やったぞ……! ついに見つけた! これが俺のクリアプレートだ!!」


 ボロボロの制服と汚れ切った体、少し変な臭いすら漂っている状態で人気のないゴミ廃棄場を漁っていたシアンは、歓喜の叫びを上げながら高々と天に腕を伸ばす。

 その手の中には探し求めていたクリアプレートが握られており、それを見つけた彼は幸福の絶頂に至ったような表情を浮かべている。


「この力さえあれば、誰にも負けない……! 俺は最強になったんだ!!」


 自分の勝利と栄光を信じて疑わないシアンは、これでこの惨めな状況から脱出できると確信していた。

 まずは自分をコケにしたユーゴたちを倒し、その後で堂々と学園に帰還を……と考えるシアンであったが、彼以外の人間の姿がなかったはずの廃棄場に静かな声が響く。


「ああ、やっと見つけましたか。まあ、予想の範疇ですね」


「!?!?!?」


 聞き覚えのない声に驚き、振り返ったシアンは、そこに見たこともない男の姿を発見して息を飲んだ。

 どこか気取った雰囲気を纏いながら自分を見つめるその男性へと、シアンは警戒しつつ声をかける。


「な、なんだ、お前は……? いったい、何者……!?」


「私はコンダクター・アビス。色々とやることがあるのですが、まずは準備運動でもしようと思いましてね……あなたに会いに来たんですよ、シアンくん」


 目の前の男が自分の名前を知っていることに驚くシアン。

 間違いなく只者ではないとアビスへの警戒を強めた彼であったが、自分が手にしているクリアプレートへの絶対的な自信を持ち合わせていたシアンは、不安を笑い飛ばしながら相手へと言う。


「はっ……! 準備運動だって? ちょうどいい、俺もそうしたかったところだ! このタイミング、手に入れた力のチュートリアル戦だろ? だったら容赦なく、クリアプレートの力でぶっ潰してやるぜ!!」


「ふふふ……! では、見せてもらいましょうか。あなたが手にした力、というものを……!!」


 どこまでも余裕の表情を崩さないアビスが、指先に赤い光弾を生み出す。

 シアンがそれを自分の方へと放つ彼の姿を目にしたのと、クリアプレートを体に突き刺したのは、ほぼ同時だった。


 直後、大きな音を響かせながらシアンの体に直撃した光弾が爆発を起こす。

 そのサイズからは想像もできない破壊力を表すような煙が立ち上る中……魔鎧獣へと姿を変えたシアンがその中から現れた。


「ふ、ははははは……! やった、やったぞ! 俺は最強! いや、になったんだ!!」


 黄金の輝きを放つ鎧を見に纏ったような、そんな見た目。

 一見するとヒロイックにも見えるその容姿からは、シアン自身の英雄願望と自己顕示欲がありありと表れている。


 あれだけの爆発を起こす攻撃を受けたというのに、彼の体には傷一つついていないことに気が付いたアビスが目を細める中、シアンは高らかに叫ぶようにして能力を解説し始めた。


「見たか! これが俺の手に入れたクリアプレート……【Invincible】の能力だ! お前の攻撃は、俺には通用しねえんだよ!」


 【Invincible】……その意味は、【無敵】。

 シアンが探し求めた【I】のクリアプレートは、彼が想像する中で最強の力を与えてみせた。


 誰が、どんな攻撃を繰り出そうとも、無敵のシアンには傷一つ付けられない。

 ダメージが入らないということは、最強だということ。誰も自分を倒せないということだ。


「俺は無敵だ! 最強になったんだ! 誰も俺を倒せない! 俺はこの世界で最強の男だ!!」


 ゴミ捨て場に、高らかなシアンの叫びが響く。

 自分がこの世界で最強の存在になったことを信じて疑わない彼は、大声で笑い始めたのだが……その高らかさとは真逆の、低い笑い声がすぐ近くから聞こえていることに気付いたシアンは、押し黙ると共にその笑い声の主の姿を見つめる。


「ふふっ、ふっ、ははははははっ!! ひひひひひひひっ!!」


「な、なんだ、お前? 狂ったのか……?」


 紳士を気取ったような雰囲気を纏っていたアビスが、狂ったように笑っていた。

 その姿に恐怖を覚えたシアンは、一歩後退りながら彼へと言う。


 どう足掻いても勝ちようのない自分の能力を目の当たりにして、気が触れてしまったのかと……そう思うシアンであったが、同時にアビスから得体の知れないおぞましさを感じ取ってもいた。

 それでも、無敵の自分に勝てるはずがないと、そう自分自身を鼓舞するシアンであったが、アビスはそんな彼のことを嘲笑うようにして口を開く。


「素晴らしい! あなたはこれっぽっちも成長していない! そして、一ミリも私の予想から外れていない!! 何もかもが私の脚本通りに動いてくれている! あなたほど見事な道化を、私は見たことがない!!」


「な、なに……!?」


 ゲラゲラと自分を嘲笑うアビスの言葉に驚愕するシアンであったが……彼は気が付いていない。

 自分が【I】のクリアプレートを血眼になって探していたのも、そもそもが目の前のこの男にそうするよう、インプットされていたからだということを。


 そもそも、本来の【ルミナス・ヒストリー】には存在しないクリアプレートの記憶や知識を植え付けたのも、そのクリアプレートを生み出した人物こそがアビスであるということも、シアンは知る由もないのだ。


 自分の知識を用いてこのゲームを攻略するために、自分の意思で動いていると思わされ、自分を操る存在の思惑通りの動きを見せる。

 アビスの言う通り、今のシアンは見事過ぎる道化以外の何者でもなかった。


「さて、それでは私もクリアプレートを使うとしましょう。光栄に思いなさい。あなたは、この力を最初に目の当たりにできる存在になれるのですからね……!!」


 ニヤリと笑ったアビスが、懐からクリアプレートを取り出す。

 そこに刻まれたジグザグとした線で構成されたアルファベットを見て、ただならぬ予感に背筋を震わせたシアンが見守る前で、アビスはプレートを自分の体に突き刺し、そして――!

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