閑話・リュウガとライハ(口止め料編)

「ええっと、あの……」


「………」


 シージャック事件を無事に解決し、ホテルに帰ってきたその日の夜、ライハはとても困っていた。

 自分の部屋に一人でいるところに、唐突にリュウガが訪ねてきたからだ。


 不機嫌というか、複雑というか、なんとも形容し難い表情を浮かべたまま、部屋の入り口で立っているリュウガが何をしに来たのか、ライハにはわからない。

 普通は質問するところなのだろうが、返ってくる言葉が容易に想像できたライハが何も言わずに彼の正面で困惑し続ける中、リュウガがおもむろに何かを取り出すとそれを彼女へと放り投げた。


「……くれてやる」


「えっ? あ、あの、リュウガさん!?」


 緩い放物線を描いて飛んできた何かをキャッチしたライハは、それが綺麗なサンゴを使ったネックレスであることを見て取ると、驚きの表情を浮かべてリュウガを見た。

 交互にネックレスと自分の顔を見比べる彼女へとしかめっ面を見せたリュウガは、視線を逸らしながら口を開く。


「要件はそれだけだ。じゃあ、僕は部屋に戻る」


「えっ!? あ、あのっ!! ちょっと待ってください!」


 あまりにも唐突かつ意味不明な行動に困惑するしかなかったライハは、顛末を予想しながらもリュウガを呼び止めた。

 帰ろうとするところで足を止めた彼へと、顔を赤らめながら質問を投げかける。


「こ、これ、何ですか?」


「見てわかるだろう。首飾りだ。エレナの島で作られた物で、少し前に彼女の父から貰った。僕には必要ない物だし、ユイには華美過ぎるから、お前にくれてやる」


「いや、そうじゃなくって……! どうしてこれを私に?」


 驚くことに、普通に質問に答えてくれたリュウガへと一番聞きたかったことを問いかけるライハ。

 その質問に口を閉ざした彼は、実に不機嫌な表情を浮かべた後で吐き捨てるように言った。


「……だ」


「え……?」


 欠片も想像していなかった言葉に、ライハが静かな声を漏らす。

 そんな彼女を一瞥した後、リュウガはしかめっ面を浮かべながら一人で話を続ける。


「もしも、万が一だ。お前が今日、海の中で僕にしたことに関して口を滑らせてみろ。相当に面倒くさいことになるのは間違いない。だから誰にも言うな。今日、あったことは忘れろ。いいな?」


「……はい。わかりました」


 リュウガの答えに、頬の赤みを消し去ったライハが頷く。

 そうした後、苦笑を浮かべながら、彼女は自嘲の言葉を口にした。


「あはははは……そう、ですよね。あんなの、余計なことでしたもんね。すいません。電撃を浴びせた上に、あんな真似までしてしまって……口止め料、確かに頂きました。今日のことは、私も忘れることにします。では――」


「………」


 深々と頭を下げたライハを一瞥しつつ、彼女の部屋を出ていくリュウガ。

 廊下を抜け、階段を歩き、男子たちの部屋がある階へと移動していった彼は、その途中で不意に足を止めた。


 苛立ちや忌々しさを感じている表情を浮かべた彼は、怒りに唸りを上げた後……振り返り、今、歩いてきた道を大股で戻っていく。


「……おい」


「えっ!? あっ、はいっ!? どうかしましたか!?」


「僕に質問――じゃなくて、くそっ……!!」


 再びライハの部屋に戻ってきたリュウガは、自分の行動に苛立ちを覚えながら呻いた。

 あのまま帰っても良かったのだが、どうしてだかライハの悲しそうな表情が頭の中に浮かび、イライラが止まらなくなった彼は、不機嫌ながらもはっきりとした声で彼女へと言う。


「……訂正だ」


「は、はい……?」


「あの首飾り、口止め料として渡したと言ったが……訂正する」


 その言葉に、ライハが驚きの表情を浮かべる。

 目を丸くしている彼女の顔を見て、どうして自分はこんな真似をしているのかと勝手に自分自身に苛立ちながらも、リュウガは話を続けた。


「別にお前の助力がなくとも、あの魔鎧獣には勝てていた。それはそれとしてだ……お前が僕を助けようとしてくれたことや、あの島で人として間違ったことをしようとした僕を止めてくれたことに関しては、感謝している」


「あ……!!」


「だから……それはその礼だ。そういうことにしておけ。わかったな?」


「は、はいっ!」


 ぱあっと、自分の話を聞いたライハの表情が明るくなる。

 嬉しそうに笑みを浮かべ、頬の赤みを復活させた彼女はぎゅっと手にしているネックレスを握り締めると、明るい声でリュウガへと言った。


「ありがとうございます、リュウガさん! 贈り物、大切にします!!」


「……好きにしろ。あと、言いふらすなよ」


「はいっ!」


 それだけ言い残し、今度こそ部屋を出たリュウガは扉に背を預けると深いため息を吐いた。

 握った拳で額を何度か叩き、忌々し気な表情を浮かべながら、自分自身へと吐き捨てるように言う。


「……何を喜んでいるんだ。あいつも、僕も……!」


 嬉しそうに笑うライハを見た時、確かに自分の心は弾んでいた。

 そんな自分に苛立ちながら、リュウガは自分の部屋へと戻っていく。


 彼女の笑顔と、唇の感触を頭の中から放り出しながら……それでも、暫くはこの不思議な苛立ちと心の弾みを振り切ることはできないんだろうなと思いながら、彼は忌々し気に唸るのであった。

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