傷と炎の決着

(……ようやく本気になりやがったか。そう、それでいいんだ)


 ユーゴの周囲で燃え盛る紫の炎と、形状を変えたブラスタを見つめながらゴメスが思う。

 【紫炎の鎧】……間違いなく現在のユーゴが持ち得る中で最も破壊力に優れた形態へと変身した彼の判断はこの上なく正しいものだ。


 ちまちまとダメージを与えていても意味はない。ゴメスのタフネスで耐えられ、クリアプレートの力でダメージの分、強くなっていくだけだ。

 本気で自分を倒そうとするのならば、極限まで威力を高めた一発で勝負を決めるしかない。

 火力に優れた【紫炎の鎧】ならば、限界以上にクリアプレートの力を引き出して強化した自分を沈めることも不可能ではないだろう。


(もっと早くに本気を出してくれれば良かったんだがな。まあ、仕方がないか……)


 サンライト号の乗客たちの命を盾に取って、そこでようやく本気を出したユーゴへと自嘲気味な笑みを浮かべるゴメス。

 炎を灯した拳を握り締める彼を見つめていたゴメスが瞬きをした瞬間、その視界からユーゴの姿が消えた。


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」


「ぐはぁっ!?」


 消えた、と思った次の瞬間には雄叫びが響き、同時に鈍い衝撃が体を貫いてくる。

 叩き込まれた拳の驚異的な威力に苦し気な叫びを上げながら、ゴメスはこの戦いで初めて大きく背後へと吹き飛ばされた。


「がふっ……! く、くくっ! やればできるじゃないか。そうだ、そのパンチだ……!!」


 これまで自分を気遣い、中途半端な攻撃しかしてこなかったユーゴの本気の一撃を受けたゴメスは、痛みに呻きながらも満足気に笑った。

 タフネスも、強靭さも強化したはずの自分にこれほどのダメージを与えるとは……と、目の前のヒーローの底知れぬ強さを感じ取る彼は、口元に垂れる血を指で拭うと共に拳を握り締める。


「……次で決着といこう。覚悟はいいな?」


「ああ……勝負だ!」


 握り締めた右拳に魔力を集め、筋肉を膨張させる。

 破裂し、断裂し、血が噴き出しても構わない。自分が出せる本気を以て、この戦いと人生に終止符を打つ。

 そう覚悟を決めるゴメスの視線の先では、同じように左拳に紫炎を滾らせるユーゴの姿があった。


(ユーゴ……! この戦いを、俺の死を糧にしろ。踏み越え、成長していけ……!)


 ぶつかり合う前から、ゴメスにはこの戦いの勝敗が見えていた。

 自分が全てを振り絞ろうとも、ユーゴには勝てない。この戦いは、彼が勝つ。


 だが、それでいい。それでいいのだ。自分は元より、勝利など望んでいないのだから。

 ここで彼に敗北し、死を迎えることこそが望みであったゴメスは、目を見開くと共に笑みを浮かべながら吠える。


「来いっ! ユーゴっ!!」


「……!!」


 その雄叫びを受けたユーゴが、甲板を蹴る。

 宙を舞い、紫炎を纏った左拳を振り上げながら、背中からも炎を噴射して加速した彼は真っすぐにゴメスへと突っ込んでいく。


「ブラスター・パンチッ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 迎撃のために振り抜いたゴメスの拳は、何もない空を切った。

 カウンター気味に彼の胸へと叩き込まれたユーゴの拳は、文字通り爆発的な衝撃を発生させると共にこの戦いに終止符を打つ。


「がっっ! ぐ、ああああぁっ!!」


 自慢のタフネスも、クリアプレートの力も、ここまでだった。

 限界を超えたダメージに爆発したゴメスは、人間の姿に戻ると共に船の柵へともたれ掛かるように崩れ落ちる。


「ふ、ふふふふ……っ! 見事だ、ユーゴ。ヒーローとして、乗客たちを守ったな……しかし、俺を殺すまでには至らなかったようだ。いや、それもわざとなんだろうな……」


 自嘲気味に笑いながら、口から血を垂らしながら、ゴメスが言う。

 どうやら自分は手加減をされたようだ。ユーゴは、自分を殺すつもりで攻撃などしなかった。


 ユーゴが本気を出した理由は、船を破壊される前に自分を殺すためではない。

 クリアプレートの力で崩壊しつつあるゴメス自身を救うために、彼を倒そうとしたからだ。


 どこまでも優しい彼のことは、ゴメスも嫌いではなかった。

 しかし……ここで自分が助かるわけにはいかない。孫娘のためにも、ケジメをつけるためにも、自分にはすべきことがある。


(ウインドアイランドの美しい海よ……すまないが、この老いぼれを受け止めてくれ)


 愛した島の平和を、人々を、美しさを守るために戦い続けた自分の終わりは、何よりも愛した海の中で迎えたい。

 美しい海には悪いが……最後くらい、わがままを言っても許されるはずだ。


「さらばだ、ウインドアイランド。さらばだ、若きヒーロー。さらばだ、ココア……」


 ゆらりと、ゴメスの巨体が柵を壊し、何もない空間へと倒れていく。

 瞳を閉じた彼は、そのまま海へと身を投げていこうとしたのだが……その手を、駆け寄ってきたユーゴがギリギリのところで掴んだ。


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