もしかして両方ですか?

「………」


 ビランの問いかけに対して、リュウガは何も答えない。

 ただ無言で居合の構えを見せ、彼を見つめるだけだ。


 そんな彼の反応から、自分が言ったことが図星だったのだろうと考えたビランが調子に乗って話を続ける。


「海をぶった斬るなんて驚いたぜ。冗談抜きで参ったよ。だが、俺はまだ立ってる。まだまだ戦える。もちろん、このまま戦ってもいいが……ここは撤退した方が良さそうだ」


「………」


「当然、お前は俺を逃がしたくないだろう? だから攻撃を仕掛けようとしている。問題は、俺が右と左のどっちの海に飛び込むかってことだ。もう一発、今みたいな斬撃で海をぶった斬りたいところだろうが……もう一つこんな断崖絶壁を作ったら、ボートに乗ってる連中にも被害が出る。だから次は、威力を絞らなくちゃ駄目だ」


「………」


「つまりは一発勝負。お前の勘が当たるか、俺が攻撃を避けて海の中に飛び込むかの勝負だ。お前は今、必死に考えてる。俺が右と左、どちらに逃げるのかってことをな。違うか?」


「………」


「キシャシャシャシャッ……! 無言かよ。まあ、緊張するよなぁ? 俺が逃げたら、今頃サンライト号で戦ってるお前のお友達がピンチになるかもしれないんだからなぁ……!!」


 再度の問いかけに対しても、やはりリュウガは無言だった。

 こちらのペースに飲まれたくないのだろうと、そのために会話を拒否しているのだろうと考えたビランは、左右の海の壁を見た後で正面のリュウガを見やる。


(残念だったなぁ……! 俺にはまだ、お前に見せてない秘密の技があるんだよ!!)


 こんな力技で陸に引き摺り出されたことは驚きだが、逃走するだけならばこちらの方が圧倒的に有利だ。

 ぐっと腰を落とし、左右のどちらかに跳ぶ構えを見せた後で、ニヤリと笑ったビランは勢いよく右側へと跳ぶ。

 次の瞬間にリュウガが目を見開き、刀を抜く動作を取る様を目にしたビランは、勝ち誇った声で叫んだ。


「キシャシャシャシャッ!! 残念だったなぁ、間抜けがっ!!」


 そう叫んだ後、口を大きく開いたビランがそこから水を吐き出す。

 強烈な間欠泉のような水流を噴射した彼は強引に跳躍の勢いを殺し、反対方向へと再度跳んでみせた。


(もう軌道修正は間に合わねえだろ!? この勝負、俺の勝ちだっ!)


 ビランはリュウガが凄腕であることを理解していた。おそらく、自分が普通にどちらかの海に飛び込もうとしても超人的な反応で斬撃を飛ばされ、切り捨てられることがわかっていた。

 だからこそ……その反射神経を逆手に取り、相手の緊張した精神を逆に利用することにした。


 敢えて普通に跳び、その動きを途中で止めることでリュウガが出そうとした攻撃を中止、あるいは不発にさせる。

 相手の裏をかいたこの動きなら、リュウガの攻撃を回避しつつ逃走できると、そう踏んだビランであったが、彼の考えは最初の一歩から間違っていた。


「……は?」


 突然……これで二度目だが、目の前にあったはずの水の壁が消えた。

 飛び込もうとした海がなくなっていることに驚くビランであったが、彼の視界は消えたはずの海を捉えている。


 海は、にあった。ちょうど自分が飛び込もうとした部分の水が消えている……いや、違う。

 のだ。自分の目の前にあったはずの海は消えたのではなく、横薙ぎの斬撃を叩き込まれて上下に分断しているのだ。


「よ、横にも、斬れるのかよ……!?」


 単純な話だ。海を割るような縦の斬撃を繰り出せるのなら、上下を分断するような横の斬撃も当然繰り出せる。

 あまりにも単純だが、そんな馬鹿な真似をする人間がいるはずがないと、本気でそう思っていた。


 ビランの最大の失敗は、リュウガが凄腕なのではなく、それを遥かに超えた最強の剣士だということに気付かなかったことだった。


「ガッッ!? ハアアアアッ!?」


 ボートの上のマルコスたちは、自分たちが浮いているように感じられた。

 陸上の警備隊員たちには、海面が大きく浮いたように見えた。


 そこから、まるでだるま落としのように浮いた海が元に戻った瞬間、それと一緒に叩き斬られたビランの悲鳴が轟く。

 大爆発の後、人間に戻った彼は徐々に元の状態に戻りつつある海底を転がった後、近付いてきたリュウガへと言った。


「ど、どっちでも、関係ないって……俺がどう逃げても、今度は横にぶった斬ってやるって、そう、考えてたな……!?」


「違うな。さっきから言おうと思っていたが、お前の指摘は全て的外れだ」


 【P】の文字が刻まれたクリアプレートを拾い上げつつ、ビランへと言うリュウガ。

 水の中で言葉を発せられなかったせいでずっと言えなかった、立て続けに投げかけられた彼への言葉への返答として、勝利宣言代わりに静かにあの言葉を述べた。


「僕が考えていたのは、いちいちうるさいから――って、ことだけだ」

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