one breath one kiss
「なにっ!? ぎゃああああっ!!」
「ぐっ……!?」
それは、リュウガにとってもビランにとっても予想外の一撃だった。
海の中に拡散し過ぎないよう、ある程度の指向性を持たせた上で放たれたであろう電撃が、二人に衝撃と痺れ、痛みを与える。
ビランはリュウガに顔面を踏みつけられた時よりも派手な悲鳴を上げ、吹き飛んでいった。
リュウガもまたゴボゴボと口の中に残っていた酸素を漏らしながら、流れのままに背後へと振り向く。
そして、視線の先に今の電撃を放った人物の姿を見て、目を細めた。
(あの、女か……!!)
必死になってこちらへと泳いでくるライハの姿を目にしたリュウガは、そう忌々し気に思った。
正直、電撃を浴びせられた時点で彼女の仕業だと思っていたが、改めて確認するとやはり苛立ちを覚えてしまう。
また新しい魔鎧獣が参戦したわけではなかったというのは良かったが、それ以上に状況が最悪に近付いてしまったことに対する怒りの方が強かった。
(この、馬鹿が……! 今のが最後だったんだぞ? おかげで、全て台無しじゃないか……!!)
電撃を浴びたリュウガが思わず口からこぼしてしまった酸素……それが彼に残された、わずかな余力だった。
ビランを迎撃し、彼を足止めした上で踏み台にしようとしていたリュウガは、そのために必要な空気を失ってしまったのである。
もうこれで、リュウガには技を放つ余裕はない。
ビランとの距離が開いたのは良かったが、この程度では自分が海面へと泳いで到達するよりも早くに彼に追いつかれてしまうだろう。
ライハからしてみれば、海に飛び込んで早々にリュウガがビランに襲われそうになっている場面に遭遇し、彼を助けようと慌てて電撃を放ったのだろうが……完全に悪手だった。
ここから打つべき次の一手が見つからないリュウガは、迫るライハを見つめながら心の中で彼女へと言う。
(お前のせいだぞ……! お前が余計なことをするから――!)
――多分、それを他の誰かがしたのならば、リュウガはそんなことも思わなかっただろう。
忌々しくも思っている相手であると同時に、形容し難い感情を向けている相手でもあるライハが相手だからこそ、怒りの感情がまず先に湧いてきた。
しかし……ある意味では、それはライハも同じだったのである。
彼女はリュウガの作戦を邪魔したが、それは咄嗟の行動で思わずしてしまったことではない。
ライハは、相手がリュウガだからこそできる策を実行すべく、彼とビランの距離を作るための電撃を放ったのだ。
「……っ!?」
こちらへと泳いできたライハが、リュウガの顔を両手で押さえる。
次の瞬間……わずかに開いていた自分の口に小さな唇が押し当てられ、舌でそれをこじ開けられる感覚に目を見開いたリュウガは、あれほど求めていた酸素が自分の全身に行き渡っていくことを感じ、驚きに目を見開いた。
(こいつ、まさか……!?)
自分の口内に収めていた空気を全て口移しでリュウガへと送り込んだライハがぐったりとした様子で彼から離れていく。
最初から……ライハは理解していた。リュウガが酸素を求めていることも、それさえあれば状況を打開できるということも。
そのための策として、こんな真似をしたのだと……そう理解したリュウガが思わずライハへと手を伸ばす中、その背後からビランが迫る。
「邪魔しやがって! 二人まとめて死ねぇぇぇぇっ!!」
――そう叫ぶビランであったが……その叫びが、水中で声を発せるという特徴が、完全に彼に災いした。
魔鎧獣の叫びを聞いたリュウガは、自分が今、戦いの場に在るということを思い返すと共に、渾身の力を籠めて龍王牙を振るう。
距離的にも、位置的にも、当たるはずのない斬撃……そのはずだった。
しかし次の瞬間、ビランや海上のマルコスたちは信じられないものを目にする。
「は、はぁっ!?」
「なぁ……っ!?」
ボートに乗っていたマルコスたちが感じたのは、振動だった。
ビランはそこに浮遊感を感じると共に、派手な音を立てながら背中から地面に激突する。
今の今まで海の上にいたはずの自分が、どうして地面に背中をぶつけているのか?
そんな疑問を抱きながら起き上がったビランは、周囲の光景を目にすると共に愕然としながら息を飲む。
「水が、ない……!?」
今、自分が立っている場所には、大量にあるはずの海の水がなかった。
いや、完全に消えたわけではない。自分の数メートル横には、まるで切り立つ岸壁のような水の塊が残っている。
ただ、自分が立っている位置を中心として左右は数メートル、前後はとても長い距離の水が消滅しているのだ。
まさか、と思った。そんなことができるはずなどないとも思った。
しかし……そうとしか考えられないと判断したビランは、咳き込むライハの横でゆっくりと立ち上がり、こちらへと振り向いたリュウガの姿を見つめながら呟く。
「お前、まさか……海を斬ったのか……!?」
自分の目の前で繰り出された一刀は、攻撃のためではなかった。
海という領域を斬り、自分をホームグラウンドから引き摺り出すためのものであったと理解したビランが、目の前の青年がやってみせたことのすさまじさを再認識して唖然とする中、リュウガが刀を鞘に納める。
戦いが終わったと、そういう意味でそうしたわけではない。むしろその逆……戦いを決めるために彼はそうした。
今の海を斬った一撃と同じような斬撃を繰り出そうとしているのだと、そう理解したビランは焦るどころか嬉々とした表情を浮かべながらリュウガへと言う。
「キシャシャシャシャッ!! お前が考えてることを当ててやるよ。右か左か、だろ?」
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