ゴメスの理由

「っっ……!?」


 ついに告白されたゴメスが抱えている理由を聞いたユーゴが驚きに目を見開く。

 やはり本意でこんな真似をしていたわけではないのだと、重大な事情があったのだと理解する彼へと、ゴメスは自嘲気味に鼻を鳴らした後で続けた。


「……ユーゴ、お前もわかるだろう? どんなに平和そうに見える場所にだって、少なからず悪人は存在している。このウインドアイランドも例外じゃない。この島にも、ギャングと呼ばれる犯罪集団がいる」


「その犯罪集団に、お孫さんが……!?」


「……間が悪かったんだよ。何日か前、漁に出た俺は網の中に見慣れない物……クリアプレートが紛れ込んでいることに気付いた。その場に孫娘もいてな。物珍しかったんだろう、捨てるなら欲しいと俺に言ってきたんだ。渡すんじゃなかったと、今でも本気で後悔しているよ」


 魔鎧獣に変身していても、今のゴメスが悲しみに満ちた後悔の表情を浮かべていることがわかった。

 孫娘のお願いを聞いてしまった彼は、そこから続く悲劇について話していく。


「本当に運が悪かったんだよ。ギャングの連中もクリアプレートの存在と能力に気付き、血眼になって拾った人間を探し回ってたんだ。そんな奴らに、無邪気に探し物のプレートを見せびらかしてた俺の孫娘が見つかっちまった。あの子の口から、プレートを拾ったのが俺だと聞かされた連中は孫娘を人質に取り、自分たちに協力しろと脅迫してきたんだ」


「じゃあ、あなたはお孫さんを守るためにこんな真似を……!?」


「……今もあの子はギャングの連中に監禁されている。このシージャックも、あいつらが組織の構成員と探し集めたクリアプレート所有者を使って引き起こしたものだ。自分たちの力をアピールするための、デモンストレーションとしてな」


 このシージャックの裏には、ウインドアイランドに巣食うギャングの影がある。

 彼らはクリアプレートの能力を見せつけることで自分たちの力を誇示し、この島を牛耳ろうと考えているのだろう。


 その話を聞いたユーゴは、少しずつであるがゴメスの考えを理解し始めた。

 彼が何故、自分を倒せるかもしれないヒーローを呼び寄せたのか……? その答えを、ゴメス自身が語っていく。


「俺にとって最悪なのは、奴らの思い通りになることだ。警備隊を蹴散らし、シージャックという名のデモンストレーションを成功させ、ギャングが勢力を増せば、俺の利用価値はさらに高まる。当然、人質である孫娘が解放されるわけもなく……これからも愛するこの島に恐怖をばらまく犯罪者として、利用され続けるしかない」


「……警備隊に捕まったり、出頭したりすれば、ギャングの連中はゴメスさんに口を割らせないためにお孫さんを捕え続ける。あるいは、報復として殺されかねない。お孫さんを救うには、奴らにゴメスさんには利用価値がないと思わせるしかない。その方法が――」


「そう……俺が死ぬことだ」


 シージャックを成功させても地獄、失敗しても地獄。大切な孫娘を解放してもらうには、ゴメスが裏切らず、かつ利用価値がなくなったとギャングたちに判断させるしかない。

 そのたった一つの方法が、ゴメス自身が死ぬこと……警備隊に捕まることがなければ口を割ることもないし、クリアプレートどころか命を失ってしまえば利用するも何もない。


 ゴメスは本気で戦った。その上で力及ばずに負け、死んだ……その流れを作るために、彼は自分を倒せるヒーローを求めていたのだ。


「だとしたら……何か方法があるはずだ! あんたもお孫さんも死ななくていい方法が絶対にある! だから、もう――がっっ!?」


 ゴメスの事情を知ったユーゴは、彼に戦うことを止めるよう説得しようとしたのだが……彼の返事は、容赦のない鉄拳であった。

 腹を殴られ、呻きながら吹き飛んで甲板を転がったユーゴへと、仁王立ちしたゴメスが吠えるようにして言う。


「甘いぞ、ユーゴ。今の俺の話が真実だという証拠がどこにある? 俺は今、お前が本気を出せないように作り話をした可能性があるとは考えなかったのか?」


「っっ……!」


「……だから言っただろう。鉄の男になれと。相手の事情など考慮せず、己の成すべきことを成す男になれと! 言っておくが、俺の他にもギャングの構成員であるクリアプレートの所有者が二人残っている。そいつらは、俺より容赦がないぞ」


 痛みが響く腹を押さえながら立ち上がったユーゴへと、ゴメスがそう述べる。

 冷徹に己の役目を全うしろと、そう言い放つ彼を見つめながら、ユーゴはこう言葉を返した。


「……作り話なんかじゃないさ。さっきのあんたの苦し気な姿からは、本気の苦悩がにじみ出ていた」


「だからなんだ? お前が俺を倒さなければ、より多くの人々が涙することになるんだぞ!?」


「わかってる! それでも俺は……誰一人、死なせたくなんかない! 甘くて情けない考えだとしても、俺が信じるヒーローたちなら最後まで諦めたりなんかしない! みんなを救うために、全力で戦い続けるはずだ! だから俺も……最後まで諦めない! 絶対にな!」


(……甘い。それがお前の良さなのかもしれないが、それでは駄目な時もある。ユーゴ、俺がお前にそのことを教えてやる。俺の死を糧に、成長するんだ)


 ユーゴの決意を聞きながら、それを半分認めながら……ゴメスが首を振る。

 ヒーローと呼ばれる人間には、時に冷徹な判断を下さなければならない時がある。情に流されてその判断を誤れば、被害や悲しみが拡大するだけでなくさらなる悲劇が起きてしまうから。


 目の前の青年に、未来のヒーローに、自分はつらい決断を強いることになる。

 その償いとして自分にできることは、彼の中にある甘さを消し、彼を一人前の男として成長させることだけだ。


 悲壮な決意を固めながら、ユーゴへと心の中で謝罪しながら……ゴメスは、死を覚悟した戦いへと再び飛び込んでいった。

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