ギトギトのOil

「ほ~らほらほらっ! もう一発いくわよ~っ!!」


「わああああああっ!?」


 またアムムが大きくビンタをするように腕を振れば、船に何かが飛んできた。

 ぐらりと揺れはするが攻撃を受けてもただ揺れるだけでもある気付いたリュウガは、アムムが変身した魔鎧獣を見つめながら考えを深めていく。


(何かを飛ばしていることは間違いない。威力自体も低めだ。しかし、何を飛ばしている? そこにこいつの能力の答えがあるはずだ!)


 目には見えない何か、それこにアムムが持つクリアプレートの、彼女自身の能力に答えがある。

 次の攻撃の瞬間を見逃さないように必死に目を凝らし、アムムを見つめていたリュウガであったが……その視線に気付いたアムムはぴたりと足を止めると、彼を見つめ返しながら口を開く。


「そこのあんた……ふふふっ! さては、あたしの魅力に気付いたね? わかる、わかるよ~!」


「……は?」


 何故だか上機嫌にそう呟いたアムムが大きく頷く。

 彼女が何を言っているのか理解できずに呆然とするリュウガに対して、アムムは声を弾ませながら言った。


「この豊満なボディに魅了されたんだろう? 男はみんな、ふくよかな女に憧れるもんだからねえ……! 特に思春期のガキがあたしみたいな刺激的ないい女と出会っちまったら、一発で惚れちゃっても仕方がないってやつだ!」


「そ、そうなのでござるか、リュウガ殿!?」


「はぁ……!?」


 その答えに関しては、リュウガの表情を見れば明らかだ。

 額に青筋を浮かべ、口にせずとも「そんなわけがないだろうが」という彼の声が聞こえてきそうになっている。


「そ、そんなわけないじゃないですか! 勝手にリュウガさんの女性の趣味を極悪にしないでください!」


「なっ!? あんた! 誰が極悪レベルに趣味が悪い女だっていうんだい!?」


「あなたですよ! あなた!!」


「ムッキーーーッ!! ちょっと若くてかわいくて胸も大きいからって調子に乗るんじゃないよ! このチビ娘がっ!!」


 これまた何故だかリュウガ以上に怒っているライハが抗議の声を上げてアムムを非難すれば、彼女に馬鹿にされたアムムはヒステリー気味に叫ぶと共に攻撃を繰り出してきた。

 ただ悪口を言われただけでなく、それを言ったライハが非の打ち所がない美少女だったから、それがあの面倒な女の怒りの炎に油を注いだんだろうな……と考えたところで、リュウガがハッとする。


「くぅぅ……っ! リュウガさん! 私、攻撃を仕掛けてみます! 相手は海の上にいるんだから、電撃がよく通るはずです!」


「待てっ! 止めろっ!!」


「えっ……!?」


 相手に攻撃される一方では埒が明かないと、攻撃を仕掛けようとしたライハの手をリュウガが掴んで止める。

 驚く彼女の腕を握ったまま、もう一度アムムの足元を注視したリュウガは、そこが微妙に凹んでいる様を目にして、自分の考えが正しいことを確信した。


「……だ。奴は、油を操っているんだ」


「油……?」


「奴は足から油を分泌することで、アメンボのように浮力を生み出しているんだ。あるいは、海面に油で膜を張り、その上を歩いているのかもしれない。シーホースたちが船に近付かないのは、奴が分泌し続けている油のせいで海が汚れていることを感じ取っているからだろう。それだけ濃い油を放出しているのかもしれない」


「じゃあ、あの魔鎧獣が遠距離攻撃に使っているのも……!?」


「おそらく、油の弾丸を張り手の動きに合わせて放っているんだ。つまりこの船と周囲の海面には、大量の油がばら撒かれている。そこに電撃を繰り出したら、大炎上間違いなしだ」


 Oil……油こそがアムムの正体だと看破したリュウガが、彼女を睨む。

 今、自分が言ったことが完全に正しいかはわからないが、これで彼女が脅すような攻撃を連続している理由も納得できる。


 アムムはこの船と周囲の海に油を撒き散らし、最終的にそれに着火させるつもりなのだ。

 ここで電撃で攻撃してしまえば、奴の思惑の通りに話が進んでしまうと……そう考えたリュウガが対抗策を練ろうとした時、サクラが口を開いた。


「なるほど、それさえわかってしまえばあとは簡単でござるな。拙者、ちょっと行ってくるでござるよ」


 そう言ったサクラは一つ深呼吸をすると、静かに足を海面へと伸ばした。

 ぴちょん……という音と共に海面に触れた彼女の足はその中に沈むことはなく、そのまま二歩、三歩とサクラは海の上を歩いていく。


「あっ、あああ、あんたっ! どうしてあたしと同じことを……!?」


「拙者は水の龍を奉るアマミヤ家の人間。心清め、精神を統一すれば、この程度のことは造作もないでござるよ」


「ムッキーーッ! あたしが目立ってたところに割って入ってきて……! 許さないわ! おしおきしてあげる!!」


「生憎、拙者も貴様に折檻するつもりでこの場に立っているでござる。人々を怖がらせ、海を汚した罪、その身で贖ってもらうでござるよ!!」


 もうどこに怒りのポイントがあるのかわからないアムムがキンキン声で吠える。

 対して、サクラは珍しく冷静に構えを取ると、そんな彼女を迎え撃っていった。


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