ムーンライト号と海面に浮く敵の謎

「第一陣の脱出準備は終わったでござるな。あとは、エレナ殿に連絡するだけでござる」


「じゃあ、式神で合図を出すね。その間に最終確認をお願い」


 もう一隻の遊覧船、ムーンライト号では、驚くほどスムーズに脱出の準備が進んでいた。


 人質たちの居場所や脱出用のボートに罠が仕掛けられていないかの調査は、ライハが電撃を活用したセンサーを発動することで瞬時に行うことができた。

 警戒していた犯人グループたちによる妨害もなく、リュウガたちは女性や子供たち、怪我人を優先してボートに乗せ、脱出の第一陣を海へと送り出そうとしている。


「……不気味だな。ここまで相手からの妨害が一切なかった。船の中に潜んでいる気配すら感じられない」


「もしかしたら、犯人たちはユーゴ殿たちが乗り込んだ船に集結しているのかもしれないでござる。急ぎこの船の乗客たちを避難させて、援護に向かわなければ」


 ライハのセンサーが正しければ、この船には人質以外に人間は乗っていないとのことだ。

 事実ここまで犯人たちの姿は全く見ていないし、人質たちの中に紛れているという雰囲気でもない。


 最初からサンライト号だけに戦力を集中させ、ムーンライト号はこちら側の戦力を分散させるための囮なのでは……? というサクラの意見も、あながち間違いではなさそうだ。

 ならば、急いで人質たちを脱出させ、ユーゴたちの援護に向かわなければと考えていたリュウガであったが、その耳にライハの焦ったような声が響く。


「どういうことですか? 船に、近付けない!?」


「どうかしたでござるか、ライハ?」


「それが、シーホースたちの様子が変で、この船に近付こうとしてくれないみたいなの。これじゃ脱出ボートを出しても、拾ってもらえないよ……」


 ボートを引いてもらうはずのシーホースが、どうしてだかエレナの言うことを聞かなくなっているという事態を報告されたリュウガが眉をひそめる。

 彼が何か嫌な予感を覚え始めたのとほぼ同時に、乗客たちの悲鳴が船内に響いた。


「なっ、なんだ、あれ!?」


 その声を聞いたリュウガたちがハッとすると共に乗客たちを掻き分け、最前列に出る。

 彼らが指差していた先を確認した三人は、そこにいた人影を目にして、驚きに息を飲んだ。


「う、海に……海に魔鎧獣が立ってる!!」


 広大な海。エレナたちが駆るシーホースたちとムーンライト号との間に、それはいた。

 静かに波打つ水面に、何故か両脚で立ってこちらを見つめている太ましい茶色の魔鎧獣は、自分を見て怯える乗客たちを見つめながら楽し気に笑う。


「いいわねぇ……! みんなが私に注目してる。あたしを見て、怯え、震えているわ……! ああ、なんていい気分なのかしら……!!」


 うっとりとそう呟いた女の魔鎧獣は、そのまま一歩、二歩と海面を歩いてムーンライト号へと近付いてくるではないか。

 ゆっくりとした足取りで船へと接近した魔鎧獣はぴたりと動きを止めると、不意に腕を振り上げ……ビンタを繰り出すようにそれを振る。

 その瞬間、魔鎧獣の手から何かが発射され、それを受けた船が小さく揺れた。


「うっ、うわあああっ!? 攻撃だ! 攻撃してきたぞ!!」


 ここまで順調に脱出の準備が進んでいて、あと一歩で抜け出せると思ったところで攻撃を受けた乗客たちは、この事態にパニックになってしまっていた。

 一気に狂乱に陥る彼らを横目に、リュウガたちは出現した茶色の魔鎧獣の能力を考察していく。


「あの魔鎧獣はどうやって海を歩いているんでしょうか? 水を操る能力とか……?」


「いや、そうであるならばもっと大規模な攻撃を繰り出してくるはずだ。ここは海、奴のホームグラウンドとでも言うべき場所なんだからな」


「では、海面を歩いているように見せかけて、実は宙に浮いているとか……?」


「それもなさそうだ。飛ぶために必要な羽の類をあの魔鎧獣は持ち合わせていない」


 もしもあの魔鎧獣が水を操れるとしたなら、水だらけの海で先ほどのような地味な攻撃を行うはずがない。

 鳥や虫のような飛ぶ能力を持っている可能性もあるが、そのために必要な羽や噴射器官のようなものが体にあるようにも見えない。


「じゃあ、いったい奴の能力はなんなんでござるか!? あの肥満体を水面に浮かす方法とは、いったい……!?」


「おいっっ! そこのガキっ!! 今、あたしのことを肥満って言ったわね!? あたしゃ肥満じゃないよ! ふくよかなわがままボディっていうんだ! 二度とあたしをデブ扱いするんじゃないよ! この、ボケがっ!!」


「お、おい……! あの地獄耳に今の声、それとこの図々しい言い訳って……!?」


「あ、アムムだっ! 迷惑クソババアのアムムだぞ、あいつっ!!」


 能力の正体がわからずに困惑したサクラの叫びを、なんと魔鎧獣は聞きつけたようだ。

 ふくよか、と表現するにはいささか厚かましい太った体を揺らしながらそう叫んだことで、ウインドアイランドの住民たちはその魔鎧獣の正体に気付いたらしい。


「おい。あの魔鎧獣の正体に心当たりがあるのか?」


「あ、ああ……! この島で悪い意味で有名なアムムってババアだよ。昔は美人だったらしいが、今ではぶくぶく太っちまってさ……子供の面倒も見ないどころか虐待まがいのことをしてたみたいで、旦那さんに離婚されてからは一層ヤバい奴になっちまって、ウインドアイランドの鼻つまみ者になっちまったんだ」


「他人に嫌がらせするというか、文句をつけるのが生き甲斐の性格がひん曲がった奴でね。今ではアムムをまともに相手する奴なんて皆無になっちまった。あいつが魔鎧獣になったっていうなら、ある意味納得っていうか……元々が魔鎧獣以下みたいな奴だったというか……」


 リュウガが手近な乗客へと質問してみれば、アムムという人物への散々な評価が返ってきた。

 なんだか可哀想にも思えてくるが、おおらかで気のいいウインドアイランドの住人たちがこう言うのだから、彼女は相当に問題がある人物なのだろう。


(クリアプレートは使用者の中にあるイメージを具現化し、最適な力を与える……だとしたら、あの魔鎧獣はアムムのどんなイメージを引き出したんだ?)


 今朝方、シェパードから聞かされたクリアプレートの特性を振り返りながら、アムムの能力を考察するリュウガ。

 水面に浮く、謎の遠距離攻撃、そして太った容姿……ここから導き出せる答えは何かとリュウガが推理を始める中、アムムはまたしても攻撃を仕掛けてくる。

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