獣拳ならぬ、重拳!

「ユーゴ直伝格闘術って……アン、ユーゴと特訓してたの!?」


「ああ、二人っきりでな。手取り足取り乳押し当てたりのマンツーマンレッスンで指導してもらったよ」


「ず~る~い~! 抜け駆けじゃん!!」


「はっはっは! 恋する乙女の戦争にルールなんざないのさ!!」


「お前……っ! 俺を無視して、変な話なんかしてんじゃねえっ!」


 魔道具の新たな形態、腕力を強化するグローブを装備したアンヘルへと、大声で叫ぶロレンス。

 自分を舐めているとしか思えないその態度に怒り狂った彼は、メルトと話すアンヘルへと拳を握り締めて突撃したのだが……瞬時に切り替えた彼女はその攻撃を難なく捌いてみせる。


「なっ!?」


「おらっ、よっとっ!!」


「がっ、はあああっ!」


 続け様に繰り出された右拳を胴に受けたロレンスは、その重さと破壊力に悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 コンクリートのように固い自分の体の芯にまで響く激痛に、立ち上がった彼は息を荒げながら呻く。


「くっそ……! こんな女に、殴り飛ばされるだなんて……!」


「男だ女だぐだぐだとうるさい奴だね。いや、うるさいんじゃなくて女々しいか」


「なんだと……っ!?」


「悪いが女子供っていう弱い奴を付け狙うような奴を他にどう表現していいかアタシにはわかんないからねえ……今も見下してた女にぶん殴られて悔しいんだろ? ほら、かかってこいよ」


「この、チクショウがっ!!」


 今は魔鎧獣に変身しているロレンスだが、周囲の乗客たちにはアンヘルの挑発を受けて怒りに染まる人間としての彼の表情が容易に想像できていた。

 恐ろしい力を持っている彼だが、精神的にはかなり未熟だ。砕いて言えば、煽り耐性がない。

 簡単に冷静さを失って、ただがむしゃらにアンヘルへと大振りな攻撃を繰り出すだけのウドの大木へとなり下がっていた。


 アンヘルはそんなロレンスの攻撃をダッキングで躱し、時に魔力で防御力を強化した腕で防ぎ、至近距離から強烈な一発をお見舞いしていく。

 拳がぶち当たる度に、ズンッ! という重い打撃音が響くようなその戦いぶりは、圧巻の一言であった。


「同じ格闘主体の戦い方でも、兄さんやミザリーさんとは違う……すごく、重い……!!」


「フィー、お淑やかな女子に重いは禁物だぞ? まあ、アタシは器も乳もケツもデカい女だから、許してやるけどなっ!!」


「ぐぼおおっ!?」


 アクロバットに動き回り、時に蹴りや手刀を用いたり、相手の戦法によってブラスタの形態を変えるユーゴの戦い方とは違う。機動力を活かし、ステップやスウェーでギリギリ相手の攻撃を回避しつつ、付かず離れずの距離を維持しながら左拳の連打を見舞うミザリーの戦法とも違う。

 同じ格闘術だが、アンヘルはもう一歩相手の間合いに踏み込んでの強烈な一発を得意とした、重量級の戦いを披露している。


 しかし、同じくパワータイプとしての戦い方を見せるロレンスと比べると、その技術の差は明確だ。


 ただ腕を振り回し、握り締めた拳を相手に叩き込むことしかできない彼と違って、アンヘルには確かな防御技術が身についていた。

 相手の攻撃を防ぐ固いガード。至近距離でも相手の動きを見切り、回避を行うダッキング。

 そういった防御技術における雲泥の差が、アンヘルとロレンスとの戦いの明暗をわかりやすいくらいに分けている。


「はぁ、はぁ……! こ、攻撃が、当たらねえ……っ!!」


 如何に強力な攻撃であろうとも、直撃しなければ意味がない。

 逆に、堅牢な肉体であろうとも攻撃を叩き込まれ続ければ、ダメージは蓄積していく。


 これまで自分よりも弱い相手とばかり戦ってきた……いや、戦いなどせず、一方的な蹂躙しかした記憶のないロレンスにとって、この状況は苦しい以外のなんでもなかった。

 一度だけ、自分より強い相手……ゴメスと戦ったことがあるが、今の状況はその時に酷似している。


 どうすれば相手を倒せるのか、この状況を打破できるのか、全く想像がつかないのだ。


 それは戦闘経験の少なさが原因の想像力不足であり、彼の大きな欠点でもある。

 クリアプレートに力を与えられたことでプライドは肥大化したが、今の彼はただの力があるだけの素人でしかない。そのことを、ロレンス本人が理解できていないのだ。


「ふざけんな……! ふざけんなああああっ!! 女に負けて堪るかよ!! 俺を馬鹿にし続けた女にっ! 弱いくせに俺を見下し続けてきやがったクソ雌にっ! 舐められて堪るかあぁぁぁぁっ!!」


 これまでの人生、自分は他者に見下され続けてきた。

 貧弱な体。みすぼらしい容姿。大した取り柄のない上に弱々しいという印象しか抱けないこの針金のように細い体のせいで、自分は嘲笑われ続けてきた。


 まだ男に嗤われるだけなら我慢できる。だが、本来ならば自分の方が強い女から下の存在だと思われ、見下されることは我慢できなかった。

 悔しかった。つらかった。自分は世界で最底辺の存在だと思いながら、長い人生を生き続けるしかなかった。


 クリアプレートを手に入れて、暴力的なまでの力を得て、これでそんな人生とおさらばできると思ったのに、それなのに……自分は今、大嫌いな女に圧倒されている。


「ムカつく、ムカつくんだよ……!! どいつもこいつも、俺を見下しやがって! 俺の方が強いのにっ! 強くなったのにっ!!」


「……当たり前だろ。お前は弱いから見下されてたんじゃない。嫌な奴だから嫌われてたんだ。戦うことはできなくとも、自分にできることを精一杯頑張るすごい奴をアタシは知ってる。そいつはお前と違って、誰かのために自分より強い奴に立ち向かえる男だ。どんなに恐ろしい相手でも、多くの人たちを守るために臆さず戦うヒーローの背中を見て、勇気を学んだ立派な男であるそいつのことをアタシや仲間たちは信頼し、尊敬している。借り物の力で調子に乗って、弱い奴にしか強気に出れないお前とは真逆の人間さ」


「黙れぇぇっ! クソ女がっ! うるせえんだよぉぉっ!!」


 アンヘルの指摘にほとんど残っていなかった冷静さを消滅させたロレンスが、大声で吠える。

 その咆哮に応えるように、怒りのエネルギーによって彼の肉体はさらなる変化を見せ始めていた。


 相手を叩きのめすために拳が、腕が……大きく、太く変化していく。

 一目でリーチと腕力が上昇したことがわかるくらいに巨大になったそれを見せつけながら、バランスの悪い体を活からせながら、怒り狂うロレンスはアンヘルへと言う。


「お前は、殺す……! こいつらの前で、ぐちゃぐちゃのミンチにしてやるっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る