VSバイオレンス!
「あ~あ~あ~! もう我慢できない! 十分待ったんだし、暴れさせてもらうよぉっ!!」
「あ、あいつだっ! あの化物が来たぞぉぉっ!!」
遊覧船サンライト号船内。その中に捕らえられていた人質たちを発見したメルトとアンヘルは、彼らを連れて脱出の準備を進めていた。
子供や怪我人を優先して船に備え付けてある脱出用ボートに乗せ、海へと放つ。文字にするとこれだけのことではあるが、かなりの人数がいる上にボートに爆弾のようなものが仕掛けられていないか確認しなければならないため、相当な手間と時間がかかる。
フィーとユイを連れたマルコスと合流しても、無事だった船員の手を借りても、全員が脱出するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
とにかく、できるだけ多くの人質をボートに乗せ、エレナやこれからやって来るであろう警備隊の船に渡さなければと頑張る一同であったが、犯人グループがついにその牙を剥き始めてしまった。
まず最初に動いたのは、針金のように細い軟弱に見える男性……ロレンスだ。
ギラついた目で人質を見回しながら【V】の文字が刻まれたクリアプレートを自分の体に突き刺した彼は、全身がコンクリートで作られているような灰色の魔鎧獣へと変貌する。
ズシン、ズシンと大きな足音を響かせ、目に映る全てのものを破壊する気持ちを湧き立たせる彼は、同時に最大の目的を大声で叫んだ。
「あのガキはどこだ~? 弱いくせに俺の邪魔した、あのクソガキはどこだ!?」
先ほど、自分に歯向かったフィーを探し、ルミナス学園初等部の子供たちがいる方向へと突き進むロレンス。
子供たちの悲鳴が響く中、彼はその全員をざっと見回した後、苛立ったように吠える。
「あ~……! どいつもこいつも似たような顔しやがって、めんどくせえ! 全員ぶっ殺せば、とりあえず片がつくだろ!」
「み、みんな! 急いでボートに乗って! ここは先生が食い止めるから! 早くっ!!」
子供たちを守るべく、女性教師がロレンスを食い止めようとするが……彼女はあまり戦闘は得意ではないようだ。
あっさりと魔法を弾かれ、突進してくる彼を止める術を持たない彼女は顔面を蒼白に染めて表情を引き攣らせるも、その前に黄金の壁が出現した。
「ぐっっ!? なんだ、お前……っ!?」
「見てわからないか? お前の邪魔をする者だ」
ちっ、と自分の攻撃を盾で受け止めたマルコスに苛立ち、舌打ちを鳴らすロレンス。
そのまま鉄球のような黒い拳を何度もギガシザースに叩きこむ彼であったが、マルコスはその攻撃を真っ向から受け止め続け、相手のバランスが崩れたタイミングで大きく振り払ってみせた。
「うっ!? て、てめぇ……っ!!」
打ち払いで拳を弾かれ、がら空きになった胴に蹴りを叩き込まれる。
呻きながら吹き飛ばされたロレンスに睨まれながら、マルコスは冷ややかな視線を彼に返しつつ、言った。
「Violence……内なる暴力性をクリアプレートによって解放されたか。いや、ひ弱な自分に足りないものをプレートから与えられて、調子に乗っていると言った方が正しいな」
武器を使うでもない。動物や属性の力を発現させたわけでもない。
ロレンスはただただ、目にしたもの、気に食わないものをその手で破壊し続ける、文字通りの怪物へと変貌した。
細く弱々しい自分のことを、ロレンスは嫌っていたのだろう。
もっと力が欲しいと渇望し続けた彼は、クリアプレートによって自らが望んだ力を手に入れたことで増長し、その力で自らの願望を叶えようとしている。
そんな身勝手な破壊衝動に塗れた男を、このまま放置しておくわけにはいかない。
彼がこれ以上、何かを壊し、誰かを傷付ける前に、ここで止めてみせる。
そう決めたマルコスが戦いへの覚悟を固め、名乗りを上げようとしたのだが――?
「はいはい。お前さんはちょっと下がっときな」
「うおっ!? な、何をする、アン!?」
ぐいっと、後ろから服を掴まれ、引き寄せられたマルコスは、自分を引っ張って代わりに前に出たアンヘルへと声を上げた。
立ち上がるロレンスを一瞥した後で半分だけ振り返った彼女は、不満気なマルコスへとこう述べる。
「あんたは下がってな。あいつの相手は、アタシがする」
「待て! 戦闘訓練を受けているとはいえ、お前は工業科の生徒だろう! 私が先日の戦いで負傷していると思っているのかもしれないが、あの程度のダメージなどとっくに癒えている!」
「わ~ってるよ。だからこそ、ここはアタシが出るんだろうが」
「なに……?」
アンヘルのその答えに、マルコスが顔を顰める。
ぐるぐると肩を回して体をほぐす彼女は、そんなマルコスへと前に出た理由を話していった。
「忘れたのか、マルコス? 犯人グループは五人いるんだぞ? ゴメスって奴と目の前のこいつの他にも三体、能力のわからない魔鎧獣が残ってる。そいつらはどんな攻撃を仕掛けてきて、どんなふうに人質を襲うかもわからないんだ。でも、守りのスペシャリストであるお前がいれば、人質を守り切れる。違うか?」
「……!」
「そのためにも、お前には万全の状態でいてもらわなくちゃダメなんだよ。だから、あのデカブツの相手はアタシに任せな」
「……わかった。頼んだぞ」
まだ二隻の船の中には、正体がわかっていないクリアプレート所有者たちが三人残っている。
彼らが襲ってきた時、人質を守るためにはマルコスの力が必要だ。
目の前にいるロレンスの能力は単純な力。ならば、そのわかりやすい能力の持ち主を止めるためにこっちの最も価値のあるカードを切る必要はない。
パワーという一点のみならば、仲間たちの中でも随一を誇る自分が相手をすればいいというアンヘルの言葉に頷いたマルコスは、女性教師を助け起こすと乗客たちの避難を誘導していった。
「……つーわけだ。あんたの相手はアタシになった。その根性を叩き直してやるから、かかってきな」
「この……っ! 女のくせに、俺に盾突きやがって……!!」
自分が舐められてると思ったロレンスは、挑発してくるアンヘルへと忌々し気な視線を向けている。
そんな彼からの憎悪が籠った眼差しを浴びながら、アンヘルは周囲を確認しつつ、思考を重ねた。
(狭い船内、周囲には避難中の子供たち。デカい得物を振り回すには向かないシチュエーションだな)
普段使っているハンマーをここで振り回せば、乗客たちにも被害が出る可能性がある。
船へのダメージも極力避けたい今、大きな武器を使うことは避けた方がいいと考えた彼女は、ポキポキと拳を鳴らしながら呟いた。
「まさか、こんなに早く機会が来るとはね……特訓の成果を見せるとするか!」
ぱんっ! と手を打ち鳴らした彼女の頭上で、光が弾けた。
その光はアンヘルの両手へと集まると、オレンジ色の手袋へと形を変える。
グー、パー、と開け閉めした拳を握り締め、ファイティングポーズを取った彼女は、ニヤリと笑うと共にこちらを睨むロレンスへと言った。
「【
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