傷だらけの戦士

「……っ!」


 ゴメスのその答えに、ユーゴがわずかに息を飲む。

 動揺した様子の彼をじっと見つめながら、ゴメスは淡々と語り続けた。


「俺はこの島を愛している。だからこそ、若い頃は危険を承知で魔物たちと戦い続けた。この広い海で、ウインドアイランドの平和を守り続けるためにな。それに、感謝もしているよ。その頃の栄光があったからこそ、愛する女にも出会えたし……戦わなくなった今でも不自由ない生活を送れている。だがな――」


 そこで言葉を区切ったゴメスが、全身に力を籠める。

 齢六十は過ぎていそうな老齢ながら、未だに若々しさを失っていないその巨体が誇る筋肉がパンプアップした瞬間、彼が着ていたシャツが破れ、その下の肉体が露わになった。


「……この傷を見ろ。戦いの中で魔物たちに噛みつかれ、抉られ、斬り裂かれた傷跡だ」


 そう語るゴメスの体には、無数の傷跡が残っていた。

 彼の言う通り、魔物たちからの様々な攻撃で受けたであろうその傷には、同じような跡はほとんどない。


 日焼けしたその肌には、大小様々な傷跡がくっきりと残り続けていて……それをユーゴへと見せつけながら、ゴメスが言う。


「これだけの傷を受けながら、死と隣り合わせの戦いを続けてきたんだ。引退後に何不自由ない生活を送らせてもらうことくらい、軽いもんだろう?」


「………」


「ただな、ユーゴ……お前はまだ若いからわからないだろうが、ヒーローという肩書は一生ついて回るものなんだ」


「……知っています。一度その名前を背負った人間は、死ぬまでヒーローであり続けなければならないということも」


 ユーゴの返事に、ゴメスが小さく驚きの表情を浮かべる。

 ヒーローとしての役を演じ終えたとしても、それで終わりではない。その名を背負った以上、ずっと死ぬまでヒーローとして教えを守り、生きて行く……尊敬する俳優のコメントを思い返しながらそう答えたユーゴへと、ゴメスはこう続けた。


「……そうか。なら、わかるだろう? こんなジジイになっても窮屈な思いをしながら生き続けなければならない息苦しさを。いい加減俺も、ヒーローなんて肩書を捨てちまいたいと思ってたところだったんだ」


「だから、こんなことをしたと?」


「ああ。クリアプレートを拾えたのは幸運だった。全盛期を超える力を手に入れた上に、一緒にシージャックを行う仲間と引き合わせてもらえたんだからな」


 そう肩をすくめながら言ったゴメスは、ユーゴへと視線を向けると、彼の反応を窺いつつ、言う。


「俺はな……ヒーローとしての自分を殺してくれる誰かを待ってたんだよ。その誰かに選ばれたのがお前だ、ユーゴ。これが俺がシージャックを行い、お前をここに呼んだ理由だ。納得できたか?」


「………」 


 挑発するようなゴメスの視線を浴びながら、ユーゴが静かに顔を伏せる。

 なおも彼の反応を伺い続けるゴメスへと、再び顔を上げて視線を返しながら……ユーゴは、はっきりとした声で言い放った。


「……いいや、納得できない。あんた、嘘吐きだ」


「……!」


 今の自分の話を信じないと言い放ったユーゴの態度に驚くゴメス。

 そんな彼へと、ユーゴは自分が感じたことを話していく。


「根拠はない。だけど、なんとなくわかる。ヒーローとしての自分を捨てたいってのも、息苦しいっていうのも、何不自由ない生活を送る権利は当たり前だっていう考えも……全部嘘っぱちだ。だけど、嘘だらけのあんたの話の中で、一つだけ真実だって言い切れるものがあった」


「……なんだ、それは?」


……そこだけは絶対に間違いない、あんたの心からの本音だった」


 続くユーゴの言葉に、ゴメスが少しだけ嬉しそうな……それでいて、諦めたような笑みを浮かべる。

 自分でも喜んでいるのか悲しんでいるのかわからないでいる彼は、自分へと語りかけるユーゴの言葉をただ聞き続けた。


「ヒーローとしての自分を捨てたいのなら、好き勝手に暴れればいい。人質だって大勢いるんだ。何人かなら、傷付けたり殺しても良かったはずだ。だけど、あんたはそうしなかった。あんたの今の話が本当だっていうのなら、言ってることとやってることが矛盾してる」


「……参ったな。勇気だけでなく、人を見る目まで育ってるのか」


 ユーゴの言葉に、ゴメスが小さく呟く。

 首を振って息を吐く彼へと、ユーゴはなおも叫び続けた。


「何か理由があるんだろう? それを教えてくれ! 俺は……あんたと戦いたくない!」


「……理由を聞いて何になる? 犯罪者が可哀想な事情を抱えていたら、見逃してやるのか? それが、ヒーローのやることか?」


 静かに、だが威圧感を含ませてゴメスが言う。

 深海に放り込まれたような重圧を感じて息を飲むユーゴを真っすぐに見据えながら、彼は言った。


「戦う相手を前に、敬語を崩したところは褒めてやる。その調子で甘さを捨てろ。相手が何を抱えていようとも、情けなんてかけるな」


「………」


「そんなことできない、って顔をしてるな。いい若さだ、嫌いじゃない。だが――」


 ゴメスが何かを言いかけたところで、船に振動が走る。

 驚いて足元を見たユーゴへと、ゴメスは淡々と語り続けた。


「……どうやら、仲間たちも限界だったみたいだな。俺たちも始めようか」 


「ゴメスさん、俺は――」


「おしゃべりはここまでだ。どうしても納得がいかないというのなら……俺を倒して、お前が納得できる答えを引き出してみせろ」


 もう戦いは避けられない。船内で他のシージャック犯たちが暴れ始めた以上、時間を稼いでも無駄だ。

 何より、ゴメスは覚悟を決めている。鉄のような覚悟を固めた彼には、どんな言葉も届かない。


 ゆっくりと自身のクリアプレートを掲げた彼の姿と、そのプレートに刻まれている文字を目にしたユーゴは、皮肉な運命を呪うかのような悲痛な呻きを漏らす。


「よりにもよって、そのアルファベットかよ……っ!?」


 S……湾曲した線が作り出すその文字が刻まれた変身アイテムを、かつてこの島を守り続けたヒーローと呼ばれる男が持っている。

 その男と、ヒーローを目指す自分が相対するだなんて、どんな運命だと……抉られるような心の痛みを感じるユーゴの前で、ゴメスはプレートの力を借りて魔鎧獣へと姿を変えた。


「さあ……始めるぞ、ユーゴ。お前も、覚悟を決めろ」


「……っ!!」


 低い声で、唸るように声をかけるその魔鎧獣は、元となったゴメスの特徴を確かに引き継いでいた。

 日焼けした肌をさらに深く染めたような黒いボディ。大柄で、筋肉質を思わせる大きな体。そして、全身に刻まれた、銀色の傷跡。


 かつてこの島を守り続けた、傷だらけの戦士Scarknightの姿が……そこにあった。

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