突入開始!
『……以上が俺からの条件だ。これを守るのなら、ユーゴ・クレイとその仲間たちをサンライト号及びムーンライト号に乗せることを許可してやる』
「ゴメスさん、あなたは――!!」
――時間は再び、警備隊の突入作戦が失敗した後へと移る。
突入した警備隊員たちを撃退し、船の通信機を使って通信してきたゴメスは、シェパード率いるシージャック対策部隊へと幾つかの条件を出していた。
自分が乗っている『サンライト号』にユーゴを連れてくること。彼と自分を一対一で戦わせること。ユーゴの友人たちを連れてきてもいいが、警備隊員が近付くことは許さないということ。この約束を守る限りは自分たちは人質に手を出さないということ。
そして……上記の約束はユーゴとゴメスとの戦いが始まると同時に破棄されるということ。
つまりは船に乗り込んだユーゴ以外の面々は、彼とゴメスが戦っている間に二隻の遊覧船に捕らえられている人質を、犯人グループの妨害を避けながら敢行する必要があるということだ。
この報告を受け、準備を進めていた第二陣の突入部隊は作戦を中止した。
まずはユーゴたちを船に乗り込ませ、人質解放の準備を整えてから動こうと考えたのである。
新たな作戦を立案するためにも詳しく条件を聞きださなければならなかったシェパードは、代表としてゴメスとの対話に臨んでいた。
そして、憧れの人物が犯罪行為に手を染めているという事実を再認識し、苦し気な呻きを漏らす。
「ゴメスさん、何故です……!? あなたほどの人が、どうして……!?」
『……そんな話をする必要はない。お前はただ、自分の責務を全うしろ……クルーガー』
冷たく突き放すようなゴメスの言葉に、シェパードの表情が歪む。
その後、二言三言言葉を交わした後、シェパードはユーゴへと視線を向け、無言で彼を呼んだ。
ご指名か……と、その眼差しの意味を理解したユーゴが通信機を受け取れば、その向こう側から武骨な男の声が聞こえてくる。
『……お前が、ユーゴ・クレイか?』
「……はい、そうです」
かつてこの島のヒーローと呼ばれていた人物に対して、敬意を示しながらユーゴが応える。
敬語で自分の質問に答えた彼へと、ゴメスは人質に取っている人物の声を聞かせてやった。
『兄さん! 聞こえる!?』
『お兄様!!』
「フィー! ユイちゃん……!!」
通信機の向こう側から聞こえてきた弟妹の声に、一瞬息を飲むユーゴ。
しかし、二人の声に必死さや身の危険を感じているような雰囲気がなかったことから、ゴメスは約束通り人質に手を出していないことを理解した彼は、静かな声で言う。
「二人とも、無事で良かった。船の中はどうなってる?」
『乗客はみんな無事だよ。でも、船員さんたちや警備隊員さんたちが負傷してる。みんな、一か所に集められて――あっ!?』
『――そこまでだ。色々と内情をバラされ続けたら、俺が他の仲間たちの不興を買っちまう』
人質の安否と、彼らが一か所に集められているという情報は手に入った。
それだけでも十分だとユーゴたちが思う中、フィーの手から通信機を取り上げたゴメスが再び彼と話を始める。
『お前は今、海岸線にいるんだろう? そこから俺たちが乗っている船は見えているな?』
「ええ、はっきり見えています」
そう言いながら、顔を上げたユーゴが二隻の遊覧船を見やる。
それぞれに太陽と月の紋章が描かれている船たちを見つめ、そこで待っているであろうゴメスや弟たちの姿を想像した彼は、息を吸ってからこう問いかけた。
「……どうしてです、ゴメスさん。あなたは何を目的として、船を乗っ取ったんですか?」
『……それを聞いて何になる? お前が気にすべきは自身のコンディションだ。この後、俺と真っ向からぶつかり合うんだからな』
「そのために聞いてるんです。これから戦う相手が、何を考えてこんな真似をしたのか? ……それがわからなくちゃ、出そうと思っても本気なんか出せませんよ」
ゴメスの発言を逆手に取るように、そう言ってのけたユーゴが目を細める。
無言の相手に向けて、彼は次々と言葉を投げかけていった。
「力を試したいのなら、わざわざシージャックなんてしなくていい。人質を取りながら手出しもしてないし、自分から不利になるような真似すらしてる。それに……あなたは多分、いい人だ。弟の声を聞いて、それがわかった」
『……弟が兄を信じているように、兄もまた弟を深く理解しているということか。本当にいい兄弟だな、君たちは』
「はぐらかさないで答えてください。あなたは何故、こんな真似を――?」
シェパードや警備隊員たち、そしてフィーの反応から考えても、自分自身が会話して感じ取ったゴメスの印象を踏まえても、どうしても彼が理由もなくこんな真似をするような人間には思えない。
何か理由があるのではないかと、そう考えて彼を問い質すユーゴであったが、ゴメスの返答は冷たいものであった。
『――それを知りたいのなら、俺に会いに来い。戦う前に教えてやる。尤も、それで戦意を喪失したとしても手は抜かんがな』
「……わかりました」
冷ややかな声であったが、それでもゴメスは事情を話してくれると言った。今はその言葉を信じるしかない。
そうした後で通信機をシェパードへと返したユーゴは、そこから漏れるゴメスの声を聞く。
『急げよ。俺もそうだが、他の四人は相当短気だ。今は素直に俺の言うことを聞いているが、あまりにも暇な時間が長過ぎたら、人質に手を出すかもしれんぞ』
ぶつん、と音が鳴って、それで通話は終わった。
シェパードが握り締めた通信機を見つめる中、マルコスがユーゴへと声をかける。
「ユーゴ、準備ができたぞ。乗り込む用意はいいか?」
「ああ、大丈夫だ。エレナも、助けにきてくれてありがとう」
「フィーとユイのピンチだもん! 協力するのなんて当たり前だよ!」
現在、船着き場にはエレナが連れてきてくれたシーホースたちと彼らが引く船が並んでいる。
取引によって警備隊が近付けない今、ユーゴたちはエレナが操る魔物たちの手を借りて、船に乗り込むつもりだ。
人質を連れての脱出の際にも、必ず彼女たちの力を借りることになるだろう……と考える中、シェパードが一同へと声をかけてきた。
「……学生である君たちにこんなにも危険な役目を任せてしまうこと、申し訳なく思っている。動きがあり次第、我々も乗客の救助に動く。すまないが、それまではなんとか彼らのことを守ってくれ」
「任せてください。それとシェパードさん、一つお願いが――」
船に乗り込む間際、ユーゴがシェパードに何かを話す。
彼の言葉に大きく頷いたシェパードが見送る中、ユーゴは仲間たちが乗っている船へと自分も乗り込んだ。
「相手の数は五人。二隻の船に分かれて俺たちを待ち受けてる。一人は俺が引き受けるから、みんなは残りのクリアプレート所有者の相手をしながら、人質の脱出を手助けしてくれ」
「わかった。気を付けてね、ユーゴ」
動き出した船の上で、ユーゴが仲間たちへと指示を出す。
自分を指名した元ヒーロー、ゴメスの真意を探りながら、ユーゴは彼との戦いが待ち受ける遊覧船へと突き進んでいくのであった。
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