ヒーローを呼べ
その一言を聞いたフィーが目を丸くしながら同じ言葉を繰り返す。
ヒーロー……兄がよく口にする言葉と、その生き様を思い返す彼へと再び向き直ったゴメスは、静かに口を開いた。
「少年、君の名前は?」
「……フィー。フィー・クレイ」
「そうか……フィー、君に聞きたいことがある」
強面の巨漢、それも全身に傷が刻まれているゴメスが真っ向から話しかければ、それだけで十分な威圧感がある。
だが、フィーはそれにも負けずに彼と向かい合い、見つめ返しながら答えを返す。
自分よりずっと小さな子供の勇敢さに目を細めたゴメスは、そんなフィーへとこう問いかけた。
「少し前、これと同じ物を持った奴がどこかの島で暴れた。そいつを倒したのは、君と同じルミナス学園の生徒だと聞いている」
「っっ……!!」
懐からクリアプレートを取り出したゴメスが、それをフィーに見せる。
大きく目を見開いた彼の反応から、自分が知りたいことをフィーが知っていると確信したゴメスは、彼へと質問を続けた。
「フィー、このプレートを使った魔鎧獣を倒した生徒の名前を……知っているか?」
「……知っています。でも、あなたに答える義理はありません」
「ふっ……!! はっはっは! はははははははっ!!」
先の自分の発言を揶揄するようなフィーの返答に、ゴメスが声を上げて笑う。
豪快なその笑い方に乗客たちが呆気に取られる中、彼は再びフィーを見ながら言った。
「確かに君の言う通りだ。犯罪者である俺の質問に答える義理なんて、君にはないな。だが……これならどうだ?」
「きゃっ……!?」
「ユイっ!?」
そう言ったゴメスが、フィーを心配して付いてきたユイの腕を掴む。
血相を変えて彼女の名前を呼ぶフィーに対して、彼は試すような笑みを向けながら話を続けた。
「君が俺の質問に答えないのなら、この子がひどい目に遭う……そう言えば、流石に答えるかな?」
「……答えたら、ユイを離してくれますか?」
「ああ、約束するよ」
静かに頷いたゴメスと、怯えた表情を浮かべるユイの顔を交互に見つめたフィーは、ため息を吐きながら彼の先の質問に答えた。
「……ユーゴ・クレイ。魔鎧獣を倒したのは、僕の兄さんです」
「なるほどな。君のその勇敢さはお兄さん譲り、ということか」
嬉しそうに笑いながら呟いたゴメスが、約束通りユイを解放する。
優しく彼女の背を押してフィーの方へと向かわせた後、ゴメスは彼へと再び質問を投げかけた。
「もう一つ、いいか? 君のお兄さんは、君が人質に取られていたとしたら、この船に乗り込んでくるような男か?」
「……兄さんなら、僕が人質に取られてなくても、この船に捕まってる人たちを助けに来ます。だって、兄さんはヒーローだから」
「ふふふ……! そうか、ヒーローか。なるほどな……フィー、俺は君のお兄さんに会ってみたくなったよ」
そう言いながら、ゴメスがフィーとユイの肩を掴む。
楽し気に笑う彼は、そうしながらフィーへとこんな提案をしてみせた。
「フィー、俺と一つ契約をしよう。俺は今から君とこの彼女を人質に取るが、他の乗客も含めて仲間たちには一切手を出させない。その状態で、君のお兄さんをこの船に呼ぶ。他にも幾つか条件を付けるつもりだが……俺と君のお兄さんが戦いを始めるまで、君たち全員の安全は保障しよう」
「……なんでそんなことをするんですか? どうして、兄さんを――」
ゴメスが約束を守る人間であることは、フィーにもなんとなく理解できていた。
わからないのは、シージャックという犯罪に手を染めながらもそれを妨害しかねない人間をわざわざ呼び寄せようとしていることだ。
先のビランやロレンスのように、他のプレート所持者を倒しユーゴを撃破することで、自分の力を誇示したいが故の行動なのか……? と訝しむフィーであったが、ゴメスは寂しそうに笑うと彼へとその答えを述べる。
「……俺はな、俺を殺してくれる人間を探しているんだ」
「え……?」
「すまないな、フィー。君のお兄さんは、俺の目的にこの上なくうってつけの人間なんだよ。悪いが、君たち兄弟を利用させてもらう」
ぐらりと、船が揺れた。きっと下で船に乗り込んできた警備隊がゴメスの仲間たちと戦っているのだろうとフィーは思う。
しかし、今の彼にとってそんなことはどうでもいい。目の前の男が言った、自分を殺してくれる人間を探していたという言葉が引っかかっている。
何を目的にそんなことを、と聞いてもゴメスは答えないだろう。
多分、彼には自分には想像もできないような事情があるのだと思う。
だが、しかし……どうしても彼に言わなければならないことがあったフィーは、真っすぐにゴメスの目を見つめながらこう言った。
「……僕を人質に取ることで、みんなの安全が確保されるのならば自由にしてください。でも……あなたの目的は、果たされないと思います」
「ほぅ……? どうしてそう思うんだ?」
「兄さんは、あなたを殺したりなんかしない。絶対にです」
どこまでも兄を信じる弟の言葉に、小さく息を飲んだゴメスがフィーを見つめる。
慈しむような、罪悪感を抱いているような、そんな瞳を向けてくる彼へと視線を返していたフィーへと、ゴメスは言った。
「……いいお兄さんなんだろうな。そんな人間の手を汚させてしまうことを、申し訳なく思うよ」
寂しそうにそう呟いた後、ゴメスがフィーとユイを捕らえる。
静かになった船の上で、甲板へと昇ってくる男たちの足音を聞きながら、ゴメスは再度幼い少年へと謝罪の言葉を述べた。
「すまないな、フィー。他のみんなも、本当にすまない……」
「動くな! 人質を解放し、降伏しろ!!」
武器を手にした警備隊員が甲板に到着し、ゴメスへと叫ぶ。
フィーたちへの謝罪を終えたゴメスは覚悟を決めた表情を浮かべ、曲がりくねった文字が刻まれているプレートを強く握り締め、そして――!!
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