ゴメス・ドゥ

「はぁぁぁぁぁぁ……っ! ひひひ、はははっ!!」


「うっ、うわああっ!? な、なんだ、こいつは!?」


 人間が魔鎧獣に変身する様を目にした人々が悲鳴を上げる。

 その視線の先で、怯える彼らを楽し気に見つめていた男は、形を変えた今の自分自身を見せつけるようにゆっくりと歩きながら口を開く。


「ほら、どうだ? 今の僕、強そうだろう? 怖いだろう? もうこれで、僕のことを舐めたりしないよなぁ!?」


「きゃあああっ!!」


「ひいいいっ!!」


 全身が灰色の、コンクリートで作られているような体。

 針金のようだった男とは打って変わって厚みと太さが出たその体を見せつけながら、魔鎧獣が拳を握り締める。


 握り締められた拳は真っ黒な鉄球のように変形し、一目でわかるほどの硬度をほこるそれを甲板へと叩きこめば、すさまじい音と共に木製の床に大きな穴が空いた。

 圧倒的な暴力を見せつけた男は、自分の力に恐怖する人々の悲鳴を恍惚とした様子で聞いた後……最初に抵抗を呼び掛けた男性へと視線を向け、言う。


「さ~て、悪い子にはおしおきしないとねっ!!」


「ひっ! ぐげえっ!」


 ぶんっ、と大きく振り回した腕が、男性の肩を叩く。

 硬く握り締められた拳による一発はそれだけで殴った部分の骨を砕き、殴られた男性は悲鳴を上げながら甲板を転がっていった。


「あぐっ、ううぅ……!!」


「痛いよねぇ? 苦しいよねぇ? でも、こんなんじゃ終わんないよ? もっともっと、ボッコボコにしてやるからさぁ!!」


 殴られた男性と、彼に近付こうとする魔鎧獣。遊覧船の乗客たちは二人から離れ、怯えながら様子を見守ることしかできないでいた。

 誰もが巻き込まれることを恐れ、何もできずにいる中……飛び出したフィーが、倒れ伏す男性へと声をかける。


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


「ふぃ、フィーくん! だめっ!!」


「は? なに、お前? 邪魔するつもり?」


 呻く男性に問いかけるフィーの姿を見た魔鎧獣が、苛立ちを隠そうともしない声で言う。

 教え子の行動に悲鳴を上げる教師の声が響く中、フィーは真っすぐに魔鎧獣を見つめながら口を開いた。


「もう、十分だろう!? これ以上、この人を痛めつける理由なんてないはずだ!」


「はぁ~……あのさ、十分かどうかも、ここで止めるかどうかも、決めるのは俺なんだよ! ガキが、弱いくせに口出しすんじゃねえ!!」


 自分より小さく弱い子供に意見されたことが気に食わなかったのか、ヒステリックな雄叫びを上げながら魔鎧獣が拳を振り上げる。

 誰もがこの直後に起きる惨劇を想像し、目を背けたのだが……魔鎧獣が振り上げた腕はフィーへと叩き込まれることはなく、途中で動きを止めた。


「……その子の言う通りだ、ロレンス。その辺にしておけ」


「ぐっ……!?」


 振り下ろそうとした拳を横から掴まれ、強引に押し留められた魔鎧獣が呻く。

 顔を伏せていたフィーが声のした方向を見れば……そこには、身長2mにも及びそうな巨漢が、魔鎧獣の腕を押さえながら立っていた。


「お前……っ! 僕に命令するつもりか? ふざけるなよ……!!」


「……この作戦中は俺の言うことに従う、そういう約束だったはずだ。忘れたわけじゃないだろう? 忘れたというのなら――」


「っっ!?」


 メキメキ、という音が魔鎧獣の腕から響く。

 恐ろしい魔鎧獣を相手に一歩も引かない老齢の巨漢は、相手の目を真っすぐに見つめながら脅すように言った。


「――約束を思い出すまで、もう一度叩きのめしてやろうか?」


「くっ、そ……っ!?」


 脅す巨漢と、脅されて声を詰まらせる魔鎧獣。この二人のやり取りを見ていた乗客たちは両者の関係性を理解する。

 そして、巨漢の方が魔鎧獣よりも圧倒的に強いということも。


 巨漢の、丸太のような太さをした傷だらけの腕を見て、彼の本気の顔へと視線を向けた魔鎧獣は、忌々し気に呻くと変身を解除した。

 灰色の暴力的な魔鎧獣から普通の人間へと戻った男……ロレンスは、巨漢の顔を見つめながら吐き捨てるように言う。


「調子に乗るなよ、ジジイ。お前こそ、わけじゃないだろ?」


「………」


 それだけ言い残すと、ロレンスは甲板から去っていった。

 乗客たちが緊張を解いていいのかどうかわからずにいる中、巨漢はフィーを見つめながら口を開いた。


「……いい目をしている。本当の強さを知っている人間の目だ」


「え……?」


「ルミナス学園だったか……魔導騎士を育成している学校と聞いたが、君は有望株みたいだな」


 顔にも、腕にも、傷が刻まれていた。

 それでも、どこか優しい目で自分を見つめてくる巨漢の様子にフィーが息を飲む中、乗客の一人が大声で叫んだ。


「ゴメスさん……? あんた、ゴメスさんだろ!?」


「………」


 中年のその男性は、巨漢の男をゴメスと呼んだ。

 そうしながら、信じられないといった様子で何度も首を振りながら彼へと言う。


「なんであんたがこんなことを!? あんな連中と一緒に船を乗っ取るだなんて、どうして!?」


「………」


 ゴメスはその問いかけに何も答えない。ただ無言で、男から顔を背けている。

 その様子と、必死に叫ぶ男の顔を見たフィーは、ゴメスがこの島の有名人であることを悟った。


「答えてくれ! あんたほどの人間が、何故……!?」


「……その質問に答える義理はない。今の俺はただの犯罪者だ、それ以上でもそれ以下でもない」


「そんな……! この島のヒーローだったあんたが、どうして……!?」


「ヒーロー……?」

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