水平線上のフィー


「フィー、あなた今、ユーゴさんたちのことを考えてるでしょ?」


「えっ? あ、うん……」


 少し時間を巻き戻し、遊覧船『サンライト号』の上。

 甲板では海を眺める同級生たちの後方でぼんやりとしていたフィーが、その胸中をユイに言い当てられて頷いていた。


「兄さんたち……っていうより、あのプレートのことかな。アンさんたちと一緒に調べたけど、わからないことだらけだったし……」


「そうね。でも、その辺りのことも警備隊の人たちから聞かせてもらっているはずよ」


「うん。でも、警備隊もどこまでクリアプレートを解析できているか……」


 同級生たちと違い、この島で起きている恐ろしい事件を知ってしまっているフィーは、素直に修学旅行を楽しめずにいるようだ。

 仕方がないことなのかもしれないが、頭の中はクリアプレートとそれを用いて人間が変身した魔鎧獣についてのことでいっぱいで……どうしてもそれが気になってしまう。


 どうせなら、自分も予定をキャンセルして兄と一緒に警備隊に話を聞きに行くべきだったかもしれないと、フィーがそんなことを思った時だった。


「動くな! 静かにしろ!!」


 海の景色を楽しんでいた少年少女たちの耳に、怒声にも近い叫びが響く。

 驚いて顔を上げた彼らのちょうどど真ん中に何かが飛んできて……ドサッと音を立てて甲板に転がったそれを見た子供たちは、一斉に顔を青ざめさせて悲鳴を上げた。


「うっ、ぐあ……っ!!」


「わ、わ~っ!?」


「きゃ~っ!!」


 自分たちの前に放り投げられたもの。それは、この遊覧船の船員だった。

 全身傷だらけでひどく痛めつけられた男性船員は、体中から血を流しながら呻いている。


 突然の事態、そして目の前に転がる傷付いた人間の姿を見た子供たちは、パニックになってしまった。

 そんなふうに泣き叫ぶ彼らへと、最初に怒声を響かせた人物が再び叫ぶ。


「騒ぐなって言ってんだろうが! お前らもこいつみたいになりてえのか!?」


「み、みんな! 落ち着いて! 大丈夫! 大丈夫だから!!」


 犯人と思わしき男の叫びを聞いた女性教師は、子供たちを守るために大声で指示を出した。

 今は彼を刺激しない方がいい……そう判断した彼女の指示によって、少しずつ子供たちが落ち着いていく中、犯人の男が近付いてくる。


「よしよし。言うことを聞ける子供は好きだぜ~! 子供は素直が一番、ってなぁ!」


 凶悪な笑みを浮かべるその男は、とても変わった見た目をしていた。

 特に目を引くのは頭髪の部分で、頭部の中央にある髪を逆立たせ、それ以外の部分はスキンヘッドに剃り上げている。


 所謂、モヒカン刈り。残した髪を緑色に染めている男は、その奇妙な風貌と凶悪な魚顔も相まって見る者に強い威圧感を感じさせていた。

 口の端を吊り上げながらゆっくりと歩いて子供たちへと近付いた男は、実に楽しそうに彼らへと言う。


「まあ、見てわかる通り、お前たちが乗るこの船と、あっちのもう一隻の船は俺たちが乗っ取った! 楽しく海を眺めてたところ悪いが、今からお前らには人質になってもらうぜ!」


「そ、そんな……っ!? あなたたちの目的は、いったい……!?」


「あ? キシャシャッ! ただのだよ。自分の力を試すための、な……!」


 ギザギザとした歯を見せつけながら、男が凶悪な笑みを浮かべる。

 その恐ろしい笑顔を目にした子供たちが再度泣き出す中、男が持っていた通信機から声が響いた。


『ビラン! お客さんが来たみたいだぜ!!』


「おっ、もう来たのか? 随分と早いじゃねえか!!」


『船二隻を制圧するためにそれなりに時間がかかっちまったからな。船員の誰かが警備隊に通報したんだろうさ。投降しろだのなんだと言ってたが、うるせえからとっとと乗り込んで来いって言ってやったぜ!』


「キシャシャッ! そうでなくっちゃなあ! さあ、お楽しみの時間だぁ!!」


 海を見れば、警備隊のものと思わしき船が遊覧船に接近している様が目に映った。

 仲間と思わしき別の男性と話をしていた男は、特徴的な笑い声で叫びながら甲板の柵を乗り越え、海へと飛び込んでいく。


 あっ、とフィーが叫んだ時には男の姿は見えなくなっていて……場には再び、静寂が戻った。

 自分たちを脅迫していた男がいなくなったことを徐々に理解していった人々は、これまでの静けさが嘘であるかのように騒ぎ始める。


「ど、どういうこと!? シージャックだなんて、そんな……!?」


「お、落ち着け! 警備隊が乗り込んできたんだ、きっとあいつらもすぐに制圧してくれるさ!」


「でも、あいつらは船員たちを倒して、この船を乗っ取ったのよ!? そう簡単にいくとは思えないわ!」


「先生、怖いよ~!」


「私たち、殺されちゃうの?」


「大丈夫、大丈夫よ! みんなは先生が守るから!」


 平和な海の観光が一変、シージャック犯に人質に取られてしまったという事態に焦り、恐怖する乗客たち。

 そんな中、ユイはフィーへと声をかけていた。


「フィー、もしかしてあの人たちも……!?」


「……そうかもしれない。きっと、クリアプレートを持ってる人たちの仕業だ……!!」


 自分の力を試すためのゲーム、さっきの男が発したその一言をフィーは聞き逃さなかった。

 ただ暴れたい、力を誇示したい。金などが目的ではなく、暴れること事態を目的としたシージャックを行った上、船員をここまで叩きのめせる力を持っている人間だ。ほぼ間違いなく、クリアプレートを持っている。


 問題は、相手の数は何人かということだ。

 通信機を使って会話していた男も含め、二隻の船を制圧するためにはもっと多くの人手がいるだろう。


 それに、制圧した後で人質を見張る必要もあるはずだ。とフィーが考えたところで、甲板にいた一人の男性が声を上げた。


「な、なあ! あいつがいなくなった今がチャンスだ!! 今のうちに脱出方法とか武器を探そうぜ!」


 ビランとかいうモヒカンの男が消えた今が、行動を起こす絶好の機会だ。

 少しでも助かる可能性を上げるために、他の乗客たちに協力を求めて呼び掛けた男性であったが……流石に相手もそこまで甘くはなかった。


「へぇ……? そういうこと、するつもりなんだ?」


「あっ……!?」


 乗客たちの中から、そんな怪しい声が響いた。

 驚いてその声をする方を見た乗客たちは、自分たちの視線の先に針金のように細い男の姿を発見する。


 どこか危ない雰囲気を放ってはいるが、先ほどのビランよりかは危険性が低そうなその姿。

 全員で飛び掛かれば取り押さえられるのではないかと、乗客たちがそんな淡い期待を抱く中、細身の男が引き攣った笑みを浮かべながら言う。


「お前ら、僕のこと舐めてるだろ? こいつなら倒せそうとか思ってるだろ? ムカつくなあ、ムカつくなぁ……!! 僕のこと、舐めんじゃねえよ!!」


「……っ!?」


 そう吠えた男の手には、やはりプレートが握られていた。

 それをこめかみに突き刺した男の姿が変わっていき……やがて、恐ろしい姿を乗客たちの前に現す。


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