side:黒幕(一枚岩ではない者たちの策謀)

「いや~! わかってはいたけど、見事な騙されっぷりだね! 存在しない記憶を信じ込んで大逆転狙っちゃってる英雄候補(笑)の姿、いつ見ても笑えるわ~!」


「まあ、彼はとっくに終わってる人間だ。アビスに利用されるだけ利用されて、せいぜいショーを盛り上げる駒になってもらおう」


「ドロップちゃんたちは見物するだけなんだけどね~! あいつの末路、楽しみにさせてもらうよ~!」


 黒い影から姿を現した二人組……ロストとドロップは、去っていったシアンの背中を見つめながらそう話し合った。

 このショーを取り仕切るアビスに頼まれ、色々と細工をした上で確保しておいたシアンをこのウインドアイランドで解放する役目を請け負った彼らは、自分たちの仕事を終えると共に呑気な声で言う。


「これでアビスに貸し一つだね! 何か一つくらいなら、お願いも聞いてもらえるでしょ!」


「それを目的にこの役目を引き受けた部分もあるからね。まあ、小さいことではあるけれど、彼の舞台上で僕たちが切れるカードを手に入れたことには意味があると思うよ」


「同感! だけどさ……アビスが用意したクリアプレートの所有者、結構倒されちゃってない? 二十六分の二十くらいが適合者の手に渡ってて、昨日だけでその内の五人くらいは倒されちゃったわけでしょ? このペースでいくと、五日くらいで全滅しちゃわない?」


「倒されたのは成長の見込みがなかった連中だった……という考え方もできるね。生き残った者は強くなり、さらなる成長を目指して行動を続ける。ただまあ、何か事件を起こしたら――」


「ヒーローくんがやって来る。今のところ、アビスの計画の最大の障害は彼じゃない? 昨日、倒されたのもそれなりに有望株っぽかったしさぁ」


 ドロップの言葉に、嬉しそうな笑みを浮かべたロストが大きく頷く。

 昨夜のユーゴの活躍も当然のように観戦していた彼は、恍惚とした笑みを浮かべながら口を開いた。


「流石はマイヒーロー! 本格的に黒幕が活動し始めても、ブレることなく我が道を突き進んでいる! その活躍! これからも是非とも見せてほしいよ!」


「……でもさ、アビスの計画が上手く行っちゃったら、この世界は終わりなんだよね? あいつがこのまま終わるはずがないし……ヤバくない?」


「もちろん、アビスもマイヒーローの存在を踏まえた上で計画を立てていると思うよ。今しがた細工を施された上で解放された英雄候補もいる。むしろここからが本番だろうさ」


「そうだよねぇ~……って、そうだ! そろそろ教えてよ、ロスト!!」


「教える? 教えるって、何を?」


 途中まで普通に会話していたドロップが自分へと何かを教えるようにせがんできたことに、怪訝な表情を浮かべるロスト。

 そんな彼へと、顔を顰めたドロップが言う。


「前に言ってたじゃん! アビスは嘘を吐いているって! その時は教えてくれなかったけど、そろそろいいでしょ!?」


「ああ、あれね。うん、まあ……いいかな」


 何を言うかと思えば、といった様子で笑みをこぼしたロストがドロップを落ち着かせるように手を振る。

 彼の反応に少しだけ不機嫌になったドロップであったが、ロストはそんな彼女へと先の質問の答えを述べていった。


「……だ」


「は? 二十五枚? 何の話?」


「アビスがこの島にばら撒いたクリアプレートの数だよ。彼は二十六枚をばら撒いたと私たちや観客たちに言っていたが……一枚、足りてない」


 数えたからね、と付け加えたロストがドロップから視線を外しながら息を吐く。

 眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた彼女は、その言葉の意味を自分の中で噛み砕きながら理解していった。


「……さっきの英雄候補(糞)とかに入手させる用のクリアプレートが何枚かあるとは思ってた。でも、そういうプレートも他の誰かが手に入れられないようにした上でこの島にばら撒いていたとは思う。それすらしなかったってことは、つまり――」


「アビスが手元に残した最後の一枚は、彼自身が使うためのものだ。あのチケットのことを含めて考えると、彼がこの物語に介入するつもりなのは間違いないだろうね」


「……本格的にヤバくない? アビスの奴、マジでここで全部を終わりにするつもりだよ?」


「だろうね。でも、私たちは手出しするわけにはいかない。黒幕の計画に対して、同じ立場の私たちが何らかの介入を行うことはルール違反だ。それを破ったらペナルティを受ける羽目になる」


「となると、残された希望は――」


 アビスの計画を同じ黒幕である自分たちが邪魔することは不可能。何も知らない英雄候補たちがクリアプレートの所有者たちを含む強大な敵を倒せるはずがない。

 この島の……いや、この世界に残された希望はただ一つ。黒幕の野望に立ち向かう、ヒーローだけだ。


「……あんたにとってはどっちに転んでもハッピーってわけだ。勝っても負けても、お気に入りのヒーローくんが大活躍するのは間違いないわけだしね」


「まあね! でも、私はマイヒーローの勝利を願ってるよ。こんなところで彼の物語が終わってしまうだなんて、もったいないだろう? だから……そのために、やれることはやるつもりさ」


 意味深な笑みを浮かべながらのロストの言葉に、ドロップが目を細める。


 転生者たちが協力どころかお互いに蹴落とす関係であるように、黒幕側も一枚岩ではない。

 アビスの計画も、ロストの考えも、まったく想像がつかないが……だからこそ面白いと思える。


「ふふ……っ! なんか思ってたよりも面白くなりそうじゃん。ドロップちゃん、ワクワクしちゃう~っ!」


「君も君でハッピーになれそうだね。友人として嬉しいよ」


 皮肉半分、本音が半分の言葉をぼやきながら、ドロップと共に闇の中へと消えていくロスト。

 黒幕たちの思惑が絡み合うこの島での戦いはまだ幕を開けたばかり……本当の戦いはここから始まるということを、ユーゴたちは知る由もなかった。

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