side:シアン(利用され始めた男の話)

「うっ、うぅん……! ここ、は……?」


 その男……シアン・フェイルは、朝日が昇り始めた頃にウインドアイランドの裏路地で目を覚ました。

 意識がはっきりしないまま、よろよろとした足取りで路地から出た彼は、周囲の光景が見慣れたルミナス学園近辺のそれとはまったく違うことに気付き、一瞬混乱する。


 だが……すぐに頭を振ってぼやけていた意識を覚醒させたシアンは、自分がここに至るまでの物語を思い出していった。


「そうだった。俺はパーティどころか学園も追放されて、それで――!!」


 思い出したのは屈辱の日々。思うようにシナリオが進まず、強敵に苦戦し、ユーゴに手柄を取られ、無様を繰り返した結果、面倒を見てやっていたパーティメンバーから裏切られ、追放された。

 その仕返しにと、愚かにも主人公を追放した元パーティメンバーたちへの復讐を企てた自分であったが、それもユーゴたちの介入によって失敗し……数々の問題行動を咎められ、ルミナス学園からの退学処分を下されたんだった。


 普通ならばここでゲームオーバーになるところだろうが、自分は違う。まだ自分は諦めてなどいない。

 一発逆転を目指し、修学旅行先であるこのウインドアイランドに単独で渡航してきたのがその証拠だ。


 この辺りの記憶は慌ただしく過ごしていたせいかはっきりしていないが、確か渡航費を捻出したような気がする。

 その後、どうしてこんな裏路地で眠っていたのかは覚えていないが……きっと船旅の疲れやここまでの精神的な疲弊が押し寄せてきて、気絶してしまったのだろう。


 元々、装備以外はわずかな金しか持っていないから、それが盗まれなくて本当に良かった。

 まあ、仮に盗まれていたとしても被害は軽微といえば軽微ではあるが……と、学園で英雄候補と呼ばれ、何不自由なく過ごしていた華々しい頃を振り返り、今の没落し切った情けない自分自身の姿とのギャップに心を痛めたシアンであったが、首を大きく振ってそのネガティブな考えを振り払い、呟く。


「大丈夫、一発逆転が狙えるはずだ。なにせここには、があるんだからな……!!」


 手に入れた者に強大な力を与えてくれる特殊アイテム、クリアプレート……修学旅行の舞台であるこのウインドアイランドで入手できるそれがあれば、この状況からの大逆転も夢ではない。

 複数種あるプレートたちの中でも特に強力な能力を持つプレートの位置は把握しているし、確保はそう難しくないはずだ。


(ゲーム知識様様だよな……! 他の主人公どもに取られる前に、急いで俺がゲットしないと!!)


 クリアプレートは強力なアイテムだ。間違いなく、他の転生者たちも狙っている。

 ただ、奴らは自分がウインドアイランドに来ていることは知らないだろうし、転生者同士で牽制し合って上手く身動きが取れないはずだ。


 その隙を突き、自分がクリアプレートを掠め取る。そして、奴らを出し抜いて手に入れた力で修学旅行中に起きる事件を解決し、学園の生徒たちからの支持を得て、カムバックするのだ。

 そのためにも絶対、クリアプレートを逃すわけにはいかない。休息は十分に取れたし、すぐに動き出さなくては。


「見てろよ、最後に笑うのはこの俺だ! 絶対に俺が英雄としての立場を勝ち取ってやる!!」


 他の転生者たちにも、ユーゴにも、ゲームキャラたちにも……絶対に負けない。

 この世界で最高の人生を送り、幸せになるのはこの俺だ。この世界も、そこに生きる全ての命も、シアン・フェイルという英雄を称えるために存在しているに過ぎない。


 最底辺からの大逆転というドラマ性は手に入った。あとは、それを成すための力を手に入れるだけだ。

 自分を裏切った連中も、見捨てた奴らも、邪魔をしたクズも、他の転生者たちも……全員、叩きのめしてみせる。


 どす黒い欲望と確固たる思いを胸に、一発逆転を目指して街へと飛び出していくシアン。

 今度こそはと、絶対に自分を見下した連中に目にもの見せてやると、そう考えながら駆けていく彼であったが……その思考の全てが誰かによって作り出されたものであるということには気付いていない。


 本来、【ルミナス・ヒストリー】には存在していないクリアプレートの存在を、何故シアンが知っているのか?

 強力な能力を持つプレートの位置情報を誰が教え、彼の脳内にインプットしたのか?

 そもそも、学園を追放されたっきり消息が不明になっていた彼をこのウインドアイランドに連れてきたのは誰なのか?


 シアンの脳内では、彼はネリエスたちから返却された武器を売り捌いて渡航費を確保したことになっているが……彼は元パーティメンバーたちへの復讐のためにその金を使い果たしてしまったはずだ。


 そういった事情も忘れたシアンが能天気に一発逆転だなんだとはしゃいでいる理由なんて、もう考えるまでもない。

 彼が飛び出した路地、朝日にも照らされない深い闇の中からぬっと姿を現したは、呆れているような、それでいて楽しんでいるような表情を浮かべながらシアンを見送った後、話をしていく。

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