大いなる力・大いなる責任・動く運命

「……は?」


「聞こえなかったか? この槍はお前が使え。完成した暁には、お前がこいつの所有者になるんだ」


 一瞬、マルコスは自分が何を言われたのか理解できなかった。

 二度目のカルロスからの言葉を受け、それを自分の中で噛み砕いて、ようやく信じられないことを言われたことを理解した彼は、大慌てでこう答える。


「ま、ま、ま、待ってください! 私が、その槍を? 何故、そんな――!?」


「この槍に足りないものは二つ。一つは仕上げに使う魔物の素材、もう一つは使だ。武具は、誰かに使ってもらってこそ意味がある。そこに置いておくだけじゃ、美術品になってしまうからな」


「だとしても、何故私にそんな役目を!?」


「今、お前は言っただろう? どんなことでも力になると。だから俺の力になれ。この槍の使い手になるんだ」


「そうではない! どうして私を選んだと聞いているのです! これじゃ、気まぐれで選ばれたとしか思えない!!」


 焦りに大声で叫んだマルコスが、大きく首を振る。

 目の前のあの槍がとても素晴らしいものであることはわかっていた。だからこそ、どうして出会って間もない自分にあれほどの名槍を託すのかがわからない彼は、戸惑っているのだ。


「……大丈夫だよ、マルコス。パパは気まぐれなんかじゃなく、ちゃんと考えてマルコスを選んだから」


「……!?」


 そんな彼へと笑みを向けたエレナが、落ち着かせるように優しく言う。

 その言葉に息を飲む彼へと、カルロスは足りなかった言葉を補うようにして話をしていった。


「……俺は昨日、お前を見て、体の重心や筋肉の付き方から色々なことを理解した。左腕に盾のようなものを装備していること、右手には何も持たずに戦っていること、かなりの鍛錬を重ねてきたということもだ。一番重い物を持ってみろという俺の挑発に乗るだけの負けん気もあり、努力もできる素質もある。その時点では槍を託すかは決めていなかったが、見せても問題ないと思った。この槍の存在をべらべらと言いふらすような奴じゃあないだろうと感じたからな」


「だとしても、私である必要なんて……ウインドアイランドの人間でも、槍の名手でも、他にも候補は大勢いるはず――!!」


 自分以外の候補だって山ほどいる。なのに、どうして出会って二日ほどしか経っていない自分を選んだのか?

 その問いに対して、カルロスはこう答えた。


「マルコス、お前も昨日、見たはずだ。強大な力を手に入れた人間が欲望のままに暴走し、その身を滅ぼす様を」


「……!」


「あの魔鎧獣たちだけじゃない。ブルー・エヴァーの連中も同じだ。あいつらは力を得てはいけない人間だった。個人として、群れとして、強大な力を得てしまった結果が……この惨状だ」


 ゲラスやレイナがクリアプレートの力を手に入れ、暴れ回ったことで多くの人々が傷付いた。

 正義に酔い、集団という数の力を持ってブルー・エヴァーが暴走したことで、この島の自然も傷付いてしまった。


 大いなる力には、大いなる責任が伴う……というやつなのだろう。

 そして、カルロスが完成させようとしているこの槍も、その大いなる力に属するものだ。


 もしもこの槍を手にした人間が、その力を悪しき方向に振るったら……カルロスは心の底から後悔する。

 だから彼は今日までずっと、己が作り上げる武器を託すに相応しい人間を探し続けてきた。


「エレナからお前の戦いぶりは聞いた。ホーロンたちからも、島民たちを逃がすためにお前が奮闘したことも、禍根を忘れ、憎むべき敵を助けたこともだ。お前は、力の正しい使い方を知っている。守ることの過酷さと尊さもだ。そんなお前なら、強大な力を手にしたとしてもそれに溺れはしない。俺はそう信じているから、こいつを託そうと決めたんだ」


「自信を持って、マルコス! あなたは誰かを守るために、悪い奴に立ち向かうために、自分の力を使うことができる、本当の意味で強い人だよ!」


「カニカ~ニ~!」


「……!!」


 身に余る光栄と賛辞に、マルコスが言葉を失う。

 そんな彼の肩を叩いたカルロスは、顔を上げたマルコスの目を見つめながら彼へと言った。


「お前になら、俺の魂の結晶であるこの槍を託せる。この力で、正しいことを成せ。お前が思い描く、最高の魔導騎士になってみせろ」


「……はい!」


 寄せられる信頼に応えるように、カルロスの瞳を真っすぐに見つめ返しながらマルコスが言う。

 カルロスは、そんな彼の反応に満足気な微笑みを浮かべながら頷いた。


「槍が完成するまでの間、少しでも研鑽を重ねておきます。受け取る前も、後も、カルロス殿の信頼に恥じぬ男になれるよう、努力を続ける所存です」


「そう固くなるな。だが、その心意気はいい。俺もポルルも、下手を打てなくなったな」


「カニッ!!」


 自分たちの信頼に応えようと奮起するこの青年に、中途半端な代物は渡せない。

 最上の魔道具を作るため、素材集めも製作も全力以上のものを引き出さなくてはなと、カルロスもポルルも改めて気合を入れ直した。


 それから暫くして……マルコスは、警備隊員や確保されたブルー・エヴァーの面々と一緒に本島へと帰還していった。

 恩人であり、友人でもある彼らを見送ったエレナは、同じく見送りに来ていた父へと言う。


「パパの武器、ウインドアイランドを飛び出していくんだね。マルコスならきっと、正しい使い方をしてくれるよ!」


「俺もそう思う。しかし、エレナ……俺の武器が広い世界に向けて飛び立とうとしているのに、お前はこのままこの島に居続けていいのか? お前もわかっただろう? 世界は広く、一歩外に出れば沢山の出会いがある。それを経験しないまま、この島で一生を過ごすのが本当にママのためになると思うか?」


「……そうだね。マルコスも、ポルルも、パパの武器も、広い世界を見に行くんだもんね。私だけ取り残されたまんまっていうのは、格好悪いよね」


 外からやって来たマルコスも、これから成人の儀を果たすために広い海に漕ぎ出すポルルも、彼らの協力を得て島の外に羽ばたこうとしているカルロスお手製の武器も……こんな狭い世界で終わるようなもんじゃない。

 母との思い出が詰まったこの島を離れることを恐れ、外の世界に飛び出すことをためらっていたエレナの心境にも、出会いを経て変化が起きたようだ。


「ルミナス学園、かぁ……! なんだかすっごく、面白そう!!」


 青い空を見上げ、燦々と輝く太陽の光を浴びながら、それにも負けないくらいに明るく弾ける笑顔を浮かべた彼女が呟く。

 一つ、また一つと動き出した運命に紛れて、ここにもまた一人歩む道を見つけた少女が大きな転換期を迎えていたのだが……彼女を変えた張本人たちがそれを知るのは、もうしばらく先の話だった。

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