積み上げてきたものの差/ゴールデン・バンカー

「なあ……っ!?」


 ――ガツン、という鈍い衝撃と大きな音が両者の間に響く。

 激突し、マルコスを押し込み、そのまま盾を打ち砕きながら角で突き刺すか、轢殺するかのどちらかの展開を想像していたゲラスであったが、現実は彼の予想を大きく外れた展開を見せていた。


「う、受け止めた……!? 俺の、全力を……!? 馬鹿な、何故……っ!?」


 全身に魔力を込め、角の鋭さと脚力を特に強化して繰り出した、必殺の一撃。

 まともに受ければ誰だってタダでは済まないその一撃を、マルコスは少し押し込まれただけで耐え、受け止めている。


 あり得ないと、先ほどまでこいつは自分の突進を受けて、成す術なく吹き飛ばされ続けていたじゃないかと、それなのにどうしてこうも簡単に超強力かつ超重量を誇る自分の突進を受け止められたのかと……そう混乱するゲラスへと、マルコスが言う。


「……頭に血が上り過ぎて、自分がどこで戦っているのかわかっていなかったようだな。よく周囲を見てみろ」


「あっ……!?」


 マルコスの指摘を受けたゲラスは、ほとんど動かせない体をどうにかよじりながら周囲へと視線を向け……気付く。

 その事実に愕然とした彼へと、マルコスは強く言い放った。


「ここはだ! 自慢の突進も、足場が悪くては十分な威力は出まい!!」


「がっ、がああ……っ! お前、最初から俺をここに誘導して……っ!!」


 そう……今、マルコスとゲラスが戦っている場所……そこは、エレナとポルルが出会った、あの海岸沿いの砂浜だった。

 マルコスの挑発に怒りを募らせ、彼に突撃を繰り出しては吹き飛ばしていたゲラスは、彼の手でここに誘導されていたことに今の今まで気が付いていなかったのである。


 足場の悪い砂浜では、上手く走ることができない。超重量を誇るからこそ足が砂に取られ、突進の威力も激減してしまう。

 マルコスが抵抗せずに吹き飛ばされ続けていたのも、全ては自分の強みを奪うための策略だったのかと……そのことに気付いたゲラスであったが、同時に一つの疑問を抱き、それを叫んだ。


「どうしてだ……? 足場が悪いのはお互い様のはずだろ!? なのにどうして、お前は俺を受け止められる!? どんな魔法を使った!?」


「はっ……! 何を言うかと思えば、そんなことを……簡単な答えだ。偶々手に入れた強大な力のみに頼るお前と私では、が違う……それだけだ」


 ――強さとは、一朝一夕に身につくものではない。道具の力で強さを得ても、それはその人の本当の強さなどではない。借り物の力は、本物に遠く及ばない。

 昼間、実力不足に悩む自分に向け、リュウガが言った言葉を振り返ったマルコスは、確かにその通りだと思いながら笑みを浮かべた。


 自分は今、ゲラスと同じ場所に立っている。しかし、砂浜に足を取られて実力を発揮できなかった彼とは違い、足場の悪さをものともせずに自分は堂々とこの二本の脚で立ち、彼の攻撃を受け止めてみせた。


 その理由は魔道具の力でも特別な魔法を使ったからでもない。単純に、シンプルに……今まで己に課してきた修練の成果だ。

 どれほど足場が悪かろうとも、しっかりと踏ん張れるだけの強靭な体幹と脚力が、修行の中で身についていた。どれほど恐ろしい敵であろうとも、誇りを持って立ち向かう心の強さも鍛え上げられていた。戦いの中で焦らずに策を練る思考力も、こうして磨き上げられていた。


 そこに派手さはないかもしれない。まだまだ目指すものには届かないかもしれない。だが、自分は目標となる背中を追って、歩みを止めずにがむしゃらに駆け続けてきた。

 その歩みは、クリアプレートの力にのみ頼るゲラスにはないものであり……マルコスとの決定的な差となって、こうして表れている。


 マズいと、目の前のこの男は決して気を抜いて相手ができるような人間じゃあなかったと、そうゲラスが気付いた時には遅かった。

 体幹を崩すように盾で押され、よろめきながら数歩後退った彼の体を、黄金の鋏が捉える。


「がああああっ!? ぐっ、がああああっ!!」


「言い忘れていたが、私のギガシザースには受けた衝撃を魔力として蓄積する能力がある。今、お前が味わっている苦しみは、お前自身が他者に与えた苦しみだと思え」


「ふざっ、けんなっ! この程度でやられるほど、俺は……っ!?」


 自分を挟み込み、身動きを封じながら締め上げる黄金の魔力で作られた鋏の拘束から、力を振り絞って脱しようとするゲラス。

 しかし、その眼前に構えられたギガシザースの、二本の鋏の中間にある部分から火花を散らしながら新たな角が生えようとしている様を目にして、表情を引き攣らせた。


「安心しろ、私もこの程度で終わらせるつもりなどない。本命は次の一撃だ」


「あっ、がっっ……!? ま、待て……っ!! 待って――!!」


「もう遅い。犯した罪と過ちを悔いながら……己の角に貫かれて果てろ」


「ひっっ……!?」


 ゲラスの突進攻撃を受けることで蓄積した魔力を極限まで圧縮。強靭かつ鋭い一本の角へと仕上げる。

 その先端を鋏に挟まれ、身動きが取れずにいるゲラスへと向けたマルコスは……静かな怒りを燃え上がらせながら、彼に傷付けられた全ての者たちの想いを込め、魔力を解き放った。


「ゴールデン・バンカーッッ!!」


「ごあ――っ!?」


 二本の鋏の中間、その根元から解き放たれた黄金の杭が、鈍色に染まっているゲラスの装甲を貫いた。

 その勢いのまま、大きく吹き飛ばされた彼が綺麗な放物線を描いて吹き飛び、大爆発を起こしてから砂浜に叩き付けられるまでを見つめていたマルコスは、大の字になってピクリとも動かなくなったゲラスへと言う。


「お前を貫いたのはポルルとエレナの怒りだ。大切な者を傷付けられた者たちの悲しみと怒り……とくとその身に刻み込んでおけ」


 気絶したまま、魔鎧獣から人間へと戻っていくゲラスを見据えながらマルコスが言い放つ。

 彼もまたギガシザースを解除し、一息つく中、戦いの決着を見届けたエレナが飛びついてきた。


「マルコス! やったねっ! すごい! すごいよっ! 本当にありがとう!!」


「エレナ……」


 目に涙を浮かべ、自分の勝利を喜んでくれるエレナの姿に少しだけ動揺するマルコス。

 そんな彼の下へ歩み寄ったユーゴは、笑みを向けながら言った。


「やったな、マルコス。流石は俺のライバルだ」


「ユーゴ……! ふんっ! あの程度の敵に、このマルコス・ボルグが敗北するはずがなかろう! 何せ私は……お前の好敵手なのだからな!」


 ユーゴからの言葉に、一瞬だけ感極まった表情を浮かべたマルコスがすぐさま普段の態度で彼へと言う。

 メルトとエレナは、シャンディア島を襲ったこの騒動が終わりを迎えつつあることを感じながら……そんな二人のことを見つめ続けるのであった。

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